これでいいのか辛口!チェーンストアにもの申す(37)工藤投手の移籍問題
地元球団が三〇年ぶりに優勝し、熱狂の渦に沸く福岡市と北九州地区。その燃え上がる喜びの炎を、でっかいバケツで“バシャ!”と一気に消すような報道が11月1日、マスコミを賑わせた。ダイエーホークス、工藤公康投手のFA移籍発言である。
詳細は、スポーツ新聞などでご存知の向きが多いので詳しくは言及しないが、なぜこれほどまでにこじれたのかである。感情論は抜きにして筋論(すじろん)からいえば、高塚球団代表を中心としたフロントの事務関係者が、賃上げ交渉(来期の年俸交渉)の窓口になって、来期の選手の賃上げの下交渉をするのは当たり前である。また、それが彼らの仕事である。
あくまで「交渉」なのだから、脅したり、すかしたり、時には思わせぶりや軽いウソもあるだろう。何しろ銭(金)がかかっている。球団としては、野球が商売なのだから、選手に支払う金は一円でも安い方が良い。ましてダイエーは、大借金(約三・五兆円)を抱え、リストラと経費削減を一番の経営方針としている。
借金返済計画では、この五年間で一万人近い社員をリストラし、五〇店舗近い店を閉店しようとしているのだ。そして売れるものなら子会社でも株券でも、何でも売りたいと思っている。
今年の春には、株式上場企業のステーキチェーン「フォルクス」が大赤字を理由に、七〇店舗を閉鎖すると発表。世界最大の金融グループGEキャピタルに、ダイエーのサラ金会社「デックス」を売却。ハワイ最大のショッピングセンター、「アラモアナショッピングセンター」も売却。大した業績も良くないのに、「ダイエーフォト」というDPEのチェーンを無理やり店頭公開。おかげで株価が公募値段を下回るという大恥をかいている。
そんなこんなで、今ダイエーは、人間でいうと既に「危篤状態」に近いのである。だからこそ、一円だって余計な金は出したくない。これがダイエーグループあげての本音である。ところが福岡球場とその関連施設は、“金食い虫”である。いくらダイエーがリストラや株の売却で必至になっても、ドンドン金をたれながし続けているのである。
球団は、ダイエーから毎年四〇億円近い“援助金”をタダでいただいている身なのだ。だからいくら優勝しようと、大盤振る舞いはできないのである。ところが、野球にまじめな工藤投手が、「駆け引きが気にいらねェ~!」などと言い出し、野球選手を知らないフロント事務屋が「こっちにだって、十分な言い分があります!」と反撃したからこうなったのである。
マスコミがそれに飛びついた。そしてもう一人、ダイエーのオーナー中内会長も飛びついたのである。ここで、話が大きくぐちゃぐちゃになってしまった。
この新聞は、「外食レストラン新聞」である。どうしてこんな“スポーツネタ”を、当紙面で取り上げるのかとお疑いの諸兄も多いだろう。実は、チェーンストアが宿命的に持っている、権力一点集中構造、独裁体制がこの問題の本質なのである。
末端の店長やスーパーバイザーには、何の権力も権限もないのである。ただ上(会社のトップ、ここでは中内会長)から一方的に言われたことを、ただ黙々とやっているにすぎない。「経費削減」「リストラ」「閉鎖」「スクラップ」「撤退」と命令されたから、ただ黙々とやっているのである。
その意味で高塚代表は、よくやっている忠実なダイエーの下部(しもべ)なのだ。
ダイエーファンの読者から、「バカヤロー!」と罵声が飛びそうだが、なにも筆者はアンチ・ダイエーではない。高塚球団代表は、経費削減のために一生懸命に働く、ただのサラリーマンなのである。
その立場からの発言、その仕事の役割からの発言と行動なのだ。つまりチェーンストアとはそういう組織なのである。
ダイエーは、日本のチェーンストアの代表企業である。創業四〇年間、一貫してチェーンストア化を追求してきた。だから、末端の管理職は全く無力なのだ。無力にしなければチェーンの統一・標準化は実現できない。チェーンストアというものは、それを極端にまで追求した組織だからである。
つまりあなたのお店の近くの、「ガスト」や「デニーズ」や「ロイヤルホスト」の店長には、何の権限も交際費もないのがこのチェーンストア業界では常識なのだ。
驚くべきことがある。ダイエーの碑文谷店(東京都世田谷区)は年商二〇〇億円近い売上げの大型スーパーである。二〇〇億円といったら、従業員三〇〇人くらいのちょっとした中堅企業である。そのトップ、つまり碑文谷店の店長には、一万円の決済権もないのである。
九九九九円の支出なら、領収書を付けて本部に送れば承認されるが、一万一円では本部長の決済がいる。つまり、ちょっとした会社の社長並みの仕事をしながら、一万円の交際費も出せないのである。
駅前商店街にあるダイエー店の店長は、商店街の寄り合いにも顔を出さない。なぜなら、終わってからの飲み会が怖いのである。何しろ商店街のメンバーはお金持ちのだんなたちである。水割り一杯五〇〇〇円もするようなクラブに繰り出す。
もしダイエーの店長が付き合えば、すべて自己負担なのだ。ダイエーの店長は、商店街の旅行にも行かない。コンパニオンをあげてのドンチャン騒ぎが、すべて自己負担だからである。
もうお分かりであろう、高塚球団代表は経費削減のために懸命に働くただのサラリーマンなのだ。だが、彼はあまりにも忠実にやりすぎた。経費削減のために、工藤という優勝に大いに貢献した大投手を憤慨させ、「こんな誠意のない球団になんかいられるか!」と激怒させてしまった。
しかしこれも、みな中内会長や金を貸している銀行や新社長の指示命令通りにやってきたことだ。彼が考えたことでも、彼が好きでやっていることでも何でもない。取締役球団代表といえども、何の権限もない平サラリーマンとほとんど同じようなものなのである。
チェーンストアの理想は、完全セルフのお店である。レストランでも、ロボットが活躍するようなそんなお店である。マニュアルをメモリーに記憶させ、本部の決めた通りにあいさつをし、決められた通りに動き回る。これこそが究極のチェーンストアの姿ではなかろうか。
今チェーンストア研修団体、渥美俊一先生の「ペガサスクラブ」に一番熱心に幹部候補生を送り出し、一生懸命にチェーン理論を学んでいる会社がある。それは、飲食業でもスーパーチェーンでもコンビニチェーンでもない。パチンコ全国チェーンの「ダイナム」である。
ダイナムの佐藤社長にお会いして、「人減らしをしているチェーンストアは、これから一体どうなるんでしょうかね?」と尋ねたことがあった。すると佐藤社長はこう答えてくれた。
「私は、チェーンストア・システムに一番なじむのは、パチンコ(パーラー)店だと思いますね。なぜなら、パチンコ店のフロアに幾人かの従業員はいますが、本来特別なサービスなんて何もないわけですから、きっと将来無人化したパチンコ店が現れるに違いないと思いますよ。それくらいチェーンストアというのは、社員に余計なことをしてもらいたくないわけですね。何でも本部が決めますから、その本部の決めたことが、決めた通りにお店でなされなければ意味がないんです。だから、やっているのが人間ですからいろんなことが起こりますよね。こんなことは、お店の経営にとってはわずらわしいだけです。将来チェーンストアは必ず無人化していきますよ」
よくチェーンストア系の企業の社員と話していると、この言葉がよく出てくる。「決められたことを、決められた通りにできる」社員、そういう社員こそ、チェーンストアの理想の社員だというのである。
でもそれって、完全なロボット社員ではないか? ロボット社員が理想社員なら、「スターウォーズ」に出てくるような人間に近いロボット「アンドロイド」が出てくれば、人間は用なしではないか。本当にそれが人間の幸せにつながるのだろうか?
今回の「工藤問題」は、チェーンストア経営に慣れた中内会長の、“本部指示厳守!”という強権力の発動で収まった。しかし、世間は納得していない。何であそこに最高権力者=中内会長が出てこなければならないのか? たとえ球団代表の対応が間違っても、その職位と権限を与え任せた限り、最後まで任せるべきだ。
そして工藤だけではない。工藤も秋山も小久保も王監督も、全部まとめてこの際売り払ったらどうなのか?
それこそ、大きな経費削減策に違いないのではなかろうか?
(仮面ライター)