コロナ禍でイタリア人のコーヒーライフに異変 エスプレッソマシーンがブームに

イタリア人の国民的飲料、エスプレッソコーヒー。毎朝、行きつけのバルで常連さん同士のおしゃべりで一日が始まる、というのが典型的なイタリア人の生活スタイルであった。ところが、新型コロナウイルスによるロックダウンでイタリア人の暮らしは一変。政府令により、すべてのバルが閉店を余儀なくされたのである。そのため、従来の「モカ」という調理器具にかわって、家庭でもバルと同様のクオリティーのエスプレッソコーヒーを楽しめるエスプレッソマシーンが、一躍ブームになっている。新型コロナウイルスによって変わったイタリア人のコーヒーライフについて解説する。

バルの閉店でエスプレッソが飲めず…

イタリアは3月には新型コロナウイルスが猛威をふるい、欧州で真っ先にロックダウンを決行した。幸い食料品などの必需品は、日本のように品切れにはならなかったが、イタリア人の生活に大きな打撃を与えたことの一つがバルの閉店だ。

イタリアのバルとは、いうなればコーヒーショップだが、コーヒーだけではなく、パニーノやサンドイッチなどの軽食やジェラート、アルコールまで幅広い。イタリア人にとって、生活に欠かせない気軽に立ち寄ることのできる飲食店である。

特にイタリア人にとって、エスプレッソコーヒーは生活になくてはならないもの。朝、仕事に行く前に、仕事の休み時間に、ランチの後にと、一日に最低一度はお気に入りのバルで本格的な1杯のエスプレッソコーヒーを飲むことは、多くのイタリア人の日常生活の一部である。

1760年創業のローマ最古のバル、カフェグレコのエスプレッソコーヒー

小さなデミタスカップに注がれた少量の濃いエスプレッソコーヒーに砂糖をたっぷり入れて、スプーンでよくかき混ぜる。そして香りをたっぷり吸いこんでから、ほんの2口程度で飲み干すまでのわずか1分に満たない一連の所作は、まるで何かの儀式のように大切そうに行う。

また、バルに立ち寄ってエスプレッソを飲むことは、顔なじみのバリスタや常連と会話を楽しみ、気分をリフレッシュさせるという効果まである。

そんな生活の一部であるバルが、営業停止。バルでエスプレッソコーヒーが飲めないなんて、イタリア人にとって新型コロナウイルス同様に、またはそれ以上に晴天のへきれきであった。

コーヒーメーカーの人気が台頭

では、イタリア人は常に家の外でしかエスプレッソを飲まないかというとそうではない。ほぼどこの家庭にも、エスプレッソをコンロの火で抽出する器具「モカ」がある。ただ、バルで飲むエスプレッソとは別物である。

なぜなら、急行を意味するエスプレッソという名が示す通り、高圧で瞬時に抽出するのがエスプレッソコーヒーである。いくらモカがそれ専用に作られているといっても、家庭のコンロには無理な芸当である。それでも、作り手それぞれのこだわりのやり方で抽出されるモカには、モカならではの味わいのようなものがある。

ズラリと並ぶエスプレッソ用の粉。手前がコーヒーメーカー用カプセル、奥がモカ用の粉

ところが、ここ数年、コーヒーメーカーの人気が台頭してきた。きっかけは、米国の人気俳優による大手多国籍企業のCMであったことは疑いようがない。美しい俳優がコーヒーの粉の入ったカプセルを挿入してボタンを押すと、瞬時に本格的なエスプレッソができるという映像は、これまでのモカに粉を詰めてコンロの弱火でゆっくり入れるのとはまったく違う。まるで新しいオシャレなライフスタイルへの提案である。

実際、そのCMの効果はスーパーマーケットの品揃えを見れば明らかだった。今では、伝統的なエスプレッソ用のひいた粉の商品と同じくらい、各メーカーのコーヒーメーカー用カプセルが並んでいる。

進化するコーヒーメーカー

家庭でもバル並みのエスプレッソが楽しめるコーヒーメーカーの普及が進んでいる。イタリアのロックダウンでは人々はこぞって、コーヒーメーカーを活用した。実際のところ、マシーン用のカプセルの販売量はロックダウンの3月には24%の増加、そして4月にはさらに30%も増加している。(出典:「il sole 24」2020年 6月16日版)。

また、ロックダウン後のリモートワークにより、イタリア人の「おうちバル」化にさらに拍車が掛かっている。ある最近の調査によると、72%の回答者が朝バルに行かなかったと答えたという。(出典:「il sole 24」2020年 9月9日版)。これは、新型コロナウイルス以前には考えられない数字である。

不況にあえぐイタリアでは、この機会にもともとのコーヒー会社であるイリーやラバッツァだけではなく、LG、Miele、Smegなどの電機会社もコーヒーメーカーの開発に余念がない。

最近では、消費者の好みを記録するアプリが付いたものや、コーヒーを抽出する直前に粉をひいてくれる機能付きや、カップチーノも作れる機能付きなど、さまざまなタイプの機械が開発されている。実際、1万円以下の手軽なものから、8万円から20万円近い高級なものまでとさまざまなラインアップで、順調な売上げを伸ばしている。

イタリアの家電売場に揃うさまざまなコーヒーメーカー

また、機械だけではなく、カプセルの中身にも各社工夫をこらしている。エスプレッソコーヒーのほかに、カフェインフリーコーヒー、アメリカンコーヒー、高麗人参茶のようなもの、抹茶などバラエティにあふれたラインアップである。

新型コロナウイルスの拡大で、またバルの営業は苦境を強いられている。このことがこれまで食に関しては恐ろしく保守的であったイタリア人を、さらに変化させているのである。進化したコーヒーメーカーは、この勢いでイタリア国外へも普及していくのだろうか。低迷するイタリア経済の中で今後が期待されている。(フードライター 鈴木奈保子)