沖縄日本一長寿説 琉球大学・平良一彦教授にインタビュー

1996.02.10 5号 2面

「人もし天寿を全うせんと欲せばすべからく沖繩島へ移住すべし。沖繩島は日本屈指の健康地にして、しかも安全なる船のごとし。草木うっそう、四時緑を帯び、気候温和。夏は涼しく冬は暖かにしてまさに渾円球(こんえんきゅう=地球)上の公園となすべき資格あり」‐‐。これは明治の半ば沖繩島を調査した、京都帝国大学教授・松下禎二博士の言葉だ。当時の日本は文明国の中では最短命国の一つ、長寿国のニュージーランド、スウェーデンとは二〇歳以上の寿命差があったという。一九〇〇年の日本の平均寿命はわずかに男性三六歳、女性三七歳だ。時は流れ日本が世界の長寿国の筆頭に挙げられるようになった現代でも、その「番付」首位はやはり当地。百歳元気体質は、その土地に生まれ育つ人々に遺伝するものなのだろうか。琉球大学教育学部学校保健学研究室・平良一彦教授を取材し、その真相に迫った。

●…沖繩のように、明らかに他のエリアと比較して長寿者を多出する地域というのがある。長寿体質とは、遺伝するものなのか。

平良教授 遺伝子の積み重ねよりも、生まれた後の生活文化・環境が大事ですね。あるエリアでは、地域全体の風習がずっと受け継がれていて、それが大きく長寿に効を奏しているというわけです。生物学的な遺伝というより、環境的な遺伝みたいなものといえるでしょう。まず最も大きな要素のひとつが食生活、そしてそれ以外の社会環境の特質が問題となるのです。その証拠に沖繩からブラジルへ移民した人たちを調査すると、こちらの食生活が習慣にある一世はいいのですが、偏って肉を摂る向こうの食生活に馴染んだ二世・三世は心筋梗塞や肥満が増え、いろいろと問題が出てきています。

●…その沖繩の食生活とは。具体的に本土とどこが違うのか。

平良 一番大切なのはやはり栄養のバランスですよ。沖繩は昔は、貧しかったので海のもの、山のもの、食べられるものは可能な限り、皆活用してきた。そういうことをやらざるを得なかったのですが、結果的にそれがたくさんの食材を摂る食習慣につながったということですね。

宗教の問題もあるでしょう。本土では仏教の影響で明治以前、肉食ができなかったが、この地では問題なかったから。

具体的に考えるために、私がフィールド調査を長く行っている二村の比較を例にみていきましょう。一方は短命が続いている秋田県のN村、もう一方は本島一の長寿村・大宜味(おおぎみ)村です。データ上、大宜味村の食生活は(1)秋田N村に比べ約三倍の肉類を摂取している(2)緑黄色野菜の摂取量が三倍多い(3)豆腐に代表される豆類の摂取が一・五倍多い(4)果実類の摂取も多い‐‐ということが分かった。

また、そのほかに強調したいのが食塩の摂取量です。

沖繩県は厚生省が目標としている一人一日一〇g以下を達成している唯一の県ですが、大宜味村はさらに少なくわずか四g。秋田N村は一三gです。

ご飯を山盛りに塩辛い味噌汁、漬物というのが、東北地方農村の伝統的食習慣です。一方の沖繩では漬物を摂る習慣もなく、味噌汁にはタップリの具を入れる。汁が少なければ必然的に塩分量も減ります。

また、味噌汁に限らずダシにカツオ節をよく使う。これも当地の食生活の大きな特徴といえるでしょう。「アジクーター」という土地の言葉があるのですが、味にコクがあるという意味です。これは塩分だけではできません。塩分を控え目にして、そのほかのもの、とくにカツオダシをよく使います。

沖繩の人は、舌の感覚が非常に敏感であるという調査の結果も出ております。日頃から薄味に慣れれば、そうなるんですね。

●…肉食はコレステロールがたまるのでは? 緑黄色野菜・豆腐も、本土とは違う特徴があるのだろうか。

平良 沖繩の肉食といえばまず豚肉が挙げられます。一五〇〇年代に中国から入ってきて、以来食べ続けています。何かの行事の折に、一匹つぶして村人みんなで分けあって食べる“共食”という文化があったんですね。豚肉は脂が多くてコレステロールが非常に多いと思われていますが、ブロイラーの鶏などに比べ、非常に少ないんですね。その材料をさらに手間ヒマかけて冷蔵庫で冷やしたり氷を入れたりして脂を浮かせ、これを抜く伝統的な調理法で料理する。

豆腐は確かに本土の物とは若干違う固いものです。栄養価もこちらの方が高い。また料理法も湯豆腐、冷や奴などに限定される本土と違い、炒め物とかいろいろな形で使われています。

気候が温かいので、一年中、土地の野菜や果物に恵まれているという面はあります。緑黄色野菜としてはニガウリ、トウガン、ヘチマなどが独特のものですが、沖繩人はニガウリを食べているから健康という発想でなく、別の土地では同じ栄養群が含まれているその地域のものを摂ればいいわけです。

●…沖縄の社会環境の特質とは何か。

平良 自然と共生した生き方、今なお地域に根づく“ユイマール(相互提助)の伝統、他者に対しても兄弟・姉妹のように分け隔てなくつき合う“イチャリバチョウデー”の習慣などたくさんあります。

調査対象の大宜味村の顕著な現象としては生産的加齢=プロダクティブ・エイジングをまず挙げたいですね。仕事をしながら年齢を重ねる。とにかく就労率が高いんです。元気であれば何かしなければいけない、何もしないでいるのは恥ずかしいことという気持ちを当たり前に持っている。生きている限りはみな現役です。

データは正直です。こういった生活態度のすべてが揃うと、身体が健康に保たれるということが調査結果にあらわれている。大宜味村の年配の方は、栄養状態の良好さを示すアルブミンがいつまでも高い。また血液中のヘモグロビンの量も高いので、疲労しやすかったり不定愁訴を起こすということがない。

良い食生活習慣、社会環境が好循環を作っているのです。

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