料理の鬼人私のスパルタ教育法:「鴨山」鈴木銀座店調理長

1999.09.20 187号 7面

毎年二人の新人が入ってくるという鴨川銀座店。この店の調理長である鈴木良二さんが今までに育てた新人の数は約一〇〇人。そのうち、料理人として一人前に、あるいは一人前に近い状態になったのは四〇人ほどだという。多くの新人と出会ってきた鈴木さんの新人教育についての考え方をうかがってみた。

「とにかくルールは厳しく守らせる」というのが鈴木さん流新人教育の基本。

たとえ一五歳でこの道に入ってきても、同年代の人が大学卒業をして働くころには同程度、いや、それ以上の知識、常識を持たせたい。世間で通用する人として、そして調理師としての教育をともに行わなくてはいけないと鈴木さんは考える。

「『板前だから』とバカにされないためにも、社会のルールはきっちりと守らせ、けじめをつけさせるんですよ」

例えば遅刻をしたら、必ず全員に遅刻の理由を言い、謝る。遅刻しても謝れないというようないい加減な気持ちは決して許されない。

「新人は自分を抑えてでも、それがルールならばやらなければならないこともあるんです」

そうしたことの積み重ねで、先輩に言われたことを前向きの姿勢で聞くことができるようになるという。

またこの店の新人はすべて寮生活をしているのだが、ここでも先輩後輩の関係や、集団生活のルールを身につけるのである。

新人は、朝早くから夜遅くまで長い時間拘束され、決して恵まれた労働条件とはいえない。しかしそれは、一つでも二つでも人より多く仕事を覚え、早く一人前になるにはどうしても必要なことだという。

「料理の世界は実力主義だから、早くいい職人になれるように充実した仕事をさせたいんですよ」

その長い時間の中で雑用に追われながらも、それぞれの持ち場の先輩から仕事を教えてもらっている。

「たまに私が直接教えることもあります。そうすると、普段言わないからよけい効き目があるようです」

しかし、決して一から十まで教えすぎることはない。なぜ自分にはできないのかを考えさせることが必要だからだ。

「例えば、盛りつけなどもまずはやらせてみて、それから『なぜこういうやり方なのか』と理由を考えさせ、教えるんです。考えさせなければ、いい料理人は生まれないですからね」

また、鈴木さんが注意をする際に心掛けているのは、たとえ大きな声を出しても必ず説得力のあるしかり方ができるようにすることだという。そして「みんなの前で怒れられるのが苦手な子」には、後から呼んで話をするなど、その子の性格によって注意の仕方を変えている。

しかし新人の間には、何度か鈴木さんからぶたれることもある。痛さで思い知らせないと育たない場面があるそうだ。けれどもそれは、必ず「愛情をもって」でなければならないと鈴木さんは言う。

「ぶたれたことのある子の方が、かえって辞めずに長続きしていますね」

「今は料理しかできないという、調理バカじゃ通用しないんですよ」

そのため、原価計算や管理、周りの人の気持ちを考えることなど、料理以外のこともすべて大切であり、新人であっても、発注の管理を任せている。そうやって原価率についての知識などを蓄えていくのだ。

また、料理人は食べ物を扱う仕事なのだから、衛生観念があり、そして常に整理整頓もできなければならないという。

「いい料理ができる子は、教えなくてもそれがきちんとできるんですよ」

「こういう板前さんになりたい」という夢を持って入ってくる子は、いくら仕事がつらくてもがまんできることが多いらしい。

「そういう子たちを大事にしなければならないですよね。厳しくてもその夢に近づけてあげられるように私自信も努力しています」

料理人としての素質の見極めは五~六年はかかり、そのころになると自立心、考える力、注意力といった芽も出てくるという。

「才能というのは本当に分からない。覚えが早い子の方が才能があるかというと、そうではないんです。時間をかけてゆっくりと自分の中に蓄積していって、それが突然花開く場合だってある」

新人を育てることは、大変だけれどもおもしろいと鈴木さん。親方は、仕事の面では父であり母であり先輩。時には親よりも信頼される存在となることもある。

そして、親方は一人でも、修業する場所は一ヵ所よりは何ヵ所かの方がいいというのも鈴木さんの考え。

「一人前になり巣立っていくことで、さらに私のまわりに料理人の輪が広がるんです。家族が増えるようでとてもうれしいですね」

◆すずき・りょうじ=昭和25年、神奈川県箱根町生まれ。中学時代の先生から机の前での勉強が大嫌いな性格には板前はどうかとすすめられ、素直に従う。蒲鉾・弁当屋の「鈴広」に入るが、真夜中3時に起き、一〇〇〇本分のご飯炊きに始まり、缶詰の缶開けと弁当箱洗いの毎日が続く。本格的料理人を目指し発奮、松和会の紹介で「鴨川グランドホテル」「白鷹」などで修業後、「又平」で煮方、二八歳で浅草「川松」の調理長に就く。四年後、銀座「鴨川」オープンにより現職に。

松和会に所属して以来、宮嶋吉正、井上稔の両師の薫陶を受けるが、受けた恩を少しでも会に返したいと後輩育成に情熱を向ける。

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