ポイント=私の包丁書
文士には美食家が多い。檀一雄が放浪の旅で会得した世界の料理や池波正太郎が愛した下町の味など、故人の著作を繰っては、いまだ口にしたことのない美味に思いをはせる▼男女の機微を端正な筆致で描いた立原正秋は、食にも美意識を発揮した。作家が書くのは、特別に手のこんだ料理ではない。旬の魚や茸、野菜にひと手間加えた、素朴なものばかりだ。通人たちが好んだ味を家で再現してみるのも、また一興である▼優しく美人だった祖母は、なぜか「私によく似ている」と、孫の中でいちばん不器量な私を随分かわいがっ