シェフと60分:三笠会館鵠沼支店料理長・高尾保氏

2000.02.21 198号 19面

いまでこそ地方料理が注目されているフレンチだが、一二年前、地元の食材に注目し、その地でしか味わえない独自のフランス料理を生み出したのが、三笠会館鵠沼店の高尾保料理長だった。

「本店の榛名にいたころ、フランスのアルビという山の中の田舎町に研修に行ったんです。そこで食べた野菜がすごくおいしかった。こんなに野菜をうまく料理するなんて素晴らしいと思った。あっ、これだと」

自分の目指す料理の方向を見つけた。野菜と他の素材を組み合わせたものが、自分の料理になるのではないか。「でも頭の中でイメージを温めていても、なかなか形にはならなかったんです」

その後、鵠沼店に移り、本店と同じ料理を出したところ、お客さんから「料理が重すぎる」と言われる。バターを多用した料理が地元では敬遠されたのだ。「ではどんな料理が求められているのか」と模索するうち、湘南ならではの味と香りを表現した料理を作ろうと思いつく。

三崎港に揚がるとれたての魚介類と、地元の新鮮な野菜の組合わせ。それこそが、自分の料理として思い描いていたフレンチだった。

それでも、東京とは異なるお客のし好にとまどうことも多かった。

「たとえば、ここはイワシやアジが売れない。なぜかというと、みなアジよりもっと豊かなものを食べている。東京だったらきっとイワシのこんがり焼いたものを、おいしいと食べるだろうが、この辺では絶対食べない。でもカサゴやアマダイはよく売れる。魚のおいしさや、どこで育ったかということを、お客さんの方がよく知っている」

最初のころはそれが分からず、ぜんぜん注文がこないこともあった。

「魚を勉強していないとできない。地元の魚屋と話をしながら学んできたんです」

肉も東京のメニューにあるハトは食べない。

一方、地元産の野菜で思わぬ発見があった。「潮風で野菜が荒れるというが、そんなことはない。海のミネラルを吸って、味では分からない豊かさがある」

メーンの料理に、本当においしく食べられる野菜をどう組み合わせるかが常にテーマだ。

ジャンルにこだわらず、和野菜、中国野菜も積極的に使う。日本料理の技法も取り入れている。

「日本料理のかぶら蒸しをフレンチの付け合わせにすると、すごくイメージが変わる」

またサーモンには玉ネギと決まっているが、季節によっては産地やカットの仕方にまで気を使う。

「野菜が主役ではないけれど、皿を見ると必ず野菜が入っていて、主張している」

そんな一品に精魂を込める。

湘南の地形は、仏・プロバンスの地形に似ている。本店「榛名」もプロバンスの影響を受けているが、「本店とは違ったものを意識」し、オリジナルのメニューに生かしている。

「たとえばオリーブとアンチョビのソースに魚のだし汁、ガーリック、トマトを入れて魚にかけるソースを仕上げる。プロバンスにはそんな料理はないけど、プロバンスの土地でとれるものを、ここ湘南でどう表現するか考えると、そういう料理になります」

国道一三四号線、海岸通りに面する鵠沼店は、目の前に海が望める絶好のロケーションだ。

「フレンチというのは、東京でやると全部同じ料理になってしまう。でもここでやると違う方法が考えられる。たとえば『ハマグリのこんがり炭火焼き』というメニューは、周りをパイで包み真っ黒に焼いて出す。湘南の潮の香りがお客さんのテーブルに香ります」

「でも東京でやってもなかなか伝わらない。ここだからこそ湘南の香りをお客さんに伝えられる」

地元に融合し、新しいフレンチの文化を湘南に根付かせた。

「お客さんが『ここのこれをぜひ』と言って紹介してくれる料理にハマグリやアナゴがある。ここにしかないというのが、僕の湘南フレンチだと思う」

「それが食べたい」と口コミなどで来てくれるお客さんはたくさんいる。だが、夢は「全国区に発信できる湘南フレンチ」。

「できればもっと遠方からも来てくれるとうれしい」と、全国に広められるような魚料理を創作するのが、二、三年前からの課題だ。

◆プロフィル

昭和23年3月静岡生まれ。子供のころから、作ることは何でも好きで、料理も得意。兄妹のためにデザートもよく作っていたという。高校卒業後、当時そごうデパート特別食堂の料理長だった叔父にあこがれ、料理人を目指す。一九歳で三笠会館に入社。

最初からフレンチにこだわり、フレンチ一筋に腕を磨いた。幾度かの渡仏を経験。その間、プロの料理人が入校するフェルナンデ校に短期入学を果たし、基礎を習得する。昭和58年本店「榛名」の料理長就任。63年鵠沼店の料理長に。

湘南フレンチの名で知られ、名物TV番組「料理の鉄人」では、鉄人・坂井氏と一戦を交えた。

文   加藤さちこ

カメラ 岡安 秀一

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