知識・ノウハウと最先端技術の融合 農業・食産業の知的財産とは 日本弁理士会 清水善廣会長に聞く(2)【PR】

―知財への取組みを行っている事業者への懸念事項はありますか。

清水 既に知財への取組を行っている事業者でも、多様な知財を国内外で活用しきることは容易ではなく、知財を上手に組み合わせて全体最適化を図る「知財ミックス」、それから海外知財への対応は重要な課題であると考えています。

知財ミックスに関して言えば、例えば、登録品種名は商標登録ができない、GI登録をすると商標権が及ばない等、各知的財産の間で権利が両立しないようなこともあり、事業者も各種知財制度を横断的に俯瞰してメリット・デメリットを把握した上で運用することが大事です。これらをサポートしていく体制を我々も整えていきたく考えています。

―農業・食産業では地域創生の観点での動きも見受けられますが、その点は如何でしょうか。

清水 地域創生の観点で考えると、どの場面でどの制度が有効かを検討する必要があります。また、その地域での合意形成ができているのかも重要な要素です。利害調整が必要で、弁理士が助力する必要もあるかと考えます。弁理士でなくても、その調整役を他者に入ってもらう、例えばある地域の生産者組合では、組合長を地元の建築会社の社長が務めてまとめていた、そんな話もあります。

地域で取り組む場合は、10年先20年先を見据え、知財のオープン・クローズの考え方も必要で、特許を取るのか営業秘密とするのかは要検討です。その他にも、できた商品のネーミングはブランドとして商標登録しておくなど、さまざまなことが考えられます。これらは、どこかの地域であったものをそのまま真似るのではなく、その地域にあった内容で知財ミックスの戦略を考えないといけません。弁理士としても、技術と法律だけでなく、ビジネスを考えコンサル機能を持って入っていく必要があると考えています。

―農業・食産業の知的財産といわれる「知識・ノウハウ」は明文化されていないことが多く、このような暗黙知を法的に保護する際のポイントはありますか。

清水 まず「暗黙知」が具体的にどのようなもので、業界だけでなく世間一般も含めどのような位置付けにあるか、あらためて客観的に確認する必要があると思います。どこまでがノウハウ、つまり暗黙知で他はそうではないといったことを確認することは、その後の対応で重要になってきますし、自分では当たり前と思っていたことも、ノウハウ・暗黙知に当たるといったこともあるからです。

ノウハウについては、不正競争防止法という法律でいう「営業秘密」、特に「技術上の営業秘密」として、不正競争防止法による保護を受けることができます。ただし、そのためには、「秘密管理性」、「有用性」、「非公知性」という3つの要件を、そのノウハウが満たしている必要があります。特に重要なのが「秘密管理性」で、文字通り、ノウハウが秘密として明確に管理されているのか問題となります。

また、ノウハウについては、場合によっては、敢えて特許出願をするということもあり得るかと思います。ただし、特許出願をすると1年半後に公開されてしまいますので、「営業秘密」の要件には反してしまいます。「営業秘密」として保護を受けようとすることと、特許出願することは、両立できませんのでご注意ください。

―最先端技術がどんどん農業・食産業にも取り込まれています。農業では、スマート農業 への取組が推進されていますが、同分野に関連する知的財産について教えて下さい。

清水 最先端技術は、知識・ノウハウという無形資産によってバックアップされますが、これらを法的に保護する代表格は特許権などの知的財産権です。これらの基本思想は、公開に対する代償として独占権を付与することであるため、権利を取得するためには技術内容の公開が避けられません。公開された情報は、海外への技術流出や模倣農作物の問題を生じさせる可能性があるため秘匿にすることも考えられます。知識・ノウハウの適切な保護を図るためには、使い分けが必要で、その分野は弁理士がお手伝いできる場面だと思います。

また、人工知能(AI)による機械学習などの進展で、農業・食産業における膨大な量のデータ利用が進むことが想定できますが、法的には「営業秘密」、「データベースの著作物」、「発明」としての保護が考えられ、ビジネスごとに個別、具体的に検討する必要があります。特に、農業関係者による学習用データの提供が、ノウハウや技術の流出とならないよう、農業関係者が安心して学習用データを提供できる環境が必要で、このデータの活用をスムーズに行うためのものがデータ契約です。データ契約によって、例えば、日本の農業ノウハウを保護しつつ、農業ノウハウを最先端技術に応用できるようになります。スマート農業との関係におけるデータ契約については農林水産省によって策定された契約ガイドラインも大いに役立つでしょう。

―最先端技術から派生する知的財産の活用方法を教えて下さい。

清水 最先端技術の活用により創出された価値は、その価値のまま利用することにとどめず、新たな価値に転化・連鎖させていくべきです。例えば、マグロの切断面をAIが画像認識し、その品質をランク付けする技術を用いて買い付けたマグロを「AIマグロ」としてブランド化して提供しているような例があります。他にも、AIなどの活用による省力化の結果、収穫から出荷のリードタイムが短縮された場合、AI技術の利用により鮮度の高い産品を市場に提供できるという価値を「ブランド」化して活用することも考えられます。最先端技術と農業・食産業分野で伝統的に活用されてきた知財であるブランドを融合させるのが今後の知財活用法の定石になっていくのではないかと思います。

―最後に、弁理士会としての今後の課題と展望をお聞かせ下さい。

清水 最初にお話しした使命を果たすために、知財の専門家として、日本の知財立国を通じて産業競争力を高めていきたいと考えます。また農業・食産業分野の事業者の皆様へは、知財及び弁理士の活用を更に普及させていき、知財ミックス、海外展開の支援を行っていくことが課題であり、そのために農水知財に特化した農林水産分野における知的財産無料相談窓口を1月25日に設置しました。また、農水知財に関する情報発信を目的とした特設サイトもオープンします。このような窓口などをきっかけに、弁理士へのアクセシビリティを高め、農業・食産業の皆様にも知財をより一層活用していただき、事業を拡大していってもらうことを期待しています。


「ロボット・AI・IoT等の先端技術を活用して、省力化・精密化や高品質生産を実現する等を推進する新たな農業」

日本弁理士会
https://www.jpaa.or.jp/

バックナンバー