忘れられぬ味(10) エム・シーシー食品社長・水垣宏隆 クリームコロッケ

「忘れられぬ味」と言えばやはり「おふくろの味」だ。最近は料理をすることが少なくなってしまった母だけど、相変わらず味にはうるさく健啖(けんたん)ぶりを発揮している。

母は生粋の「神戸っ子」であり、当時の神戸の繁華街であったJR神戸駅近くの兵庫区仲町で生まれ育った。

タマゴ問屋の娘として何不自由のない、楽しく思い出多い娘時代を過ごした母の楽しみの一つは大勢の兄達に、街のハイカラなレストランへ食事に連れていってもらうことであった。また、レストランで味わったご馳走を母なりに料理方法を工夫して家で作り、兄達に食べてもらって兄達の嬉しそうな顔を見ることも楽しみの一つであったようである。

そんな母だから私の「おふくろの味」は当時としてはハイカラな「トマトオムレツ」と「クリームコロッケ」というものである。

さすがタマゴ問屋の娘だけあってタマゴ使いが上手!

たっぷりのバターを溶かしたフライパンに、適当に砕いたトマトを加えさっと炒め、その上から「溶きタマゴ」を一気に流し込み、箸を使いあっと言う間にオムレツに変身させる。出来上がるまでに二分もかからない手際の良さはまるで魔法のようであり、子供の頃の誇れる母の一面でもあった。

もう一つの「おふくろの味」である「クリームコロッケ」は母の知恵としてホワイトソースの中に「ゆでタマゴ」を砕いて加え、マッシュルームの代わりに干し椎茸を代用し、ご飯のおかずに合うように仕上げていた。

大人になっても変わらぬ私の嗜好(口が老いたる日に好む)は、この頃に出来上がったに違いない。

では、私の味覚(未だ口にせざるを覚える)はいつ出来上がったのだろうか。

それは私の誕生の時にさかのぼることになる。

予定日間近の母のたっての願いで、親戚一同と美味しさでは神戸一の中華料理店「第一樓」で会食し、母が満腹になったあたりで産気づき、翌朝私の誕生となった。

私の初めて味わった味は中華料理だったという訳である。

思い起こせば三〇年前の入社後すぐに冷凍食品の仕事を始め、最初に開発した商品は思い悩むことなく「クリームコロッケ」であった。

当社が小さいながらも冷凍食品業界に身を置くことができているのも、母のお陰と改めて感謝している。

(エム・シーシー食品(株)社長)

日本食糧新聞の第8284号(1997年10月31日付)の紙面

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