シェフと60分:溜池山王聘珍樓料理長・西崎英行氏

2003.02.03 265号 19面

ゆったりした空間と洗練されたサービス、一品ずつサーブされる中華とともにワインも楽しめる…。ヌーベル・シノワを提供する「溜池山王聘珍樓」は、聘珍樓の新しいスタイルの店として注目されている。

西崎英行氏は、昨年、同店の料理長に就任した。聘珍樓グループの最年少料理長として抜擢された、その“腕”は推して知るべしだが、現在に至る道筋は平坦とは言いがたい。

「料理人を目指すのなら、自前の包丁を買え」

高校生当時、アルバイト先の「いなほラーメン」店主から言われた一言が、いわば料理道へのスタートラインだった。当時の時給はわずか四三〇円、月給にしても三万円ほど。「ひどいなあ」と思いつつ、一万六〇〇〇円もする包丁をかっぱ橋で購入したという。

「当時は、調理補助として、ザーサイやネギを切るくらい。それでも練習になるからと、包丁を使いましたね」

アルバイトは三年間に渡り、一通りの料理をこなす腕前に成長。高校卒業と同時に、店主の紹介で聘珍樓へ就職することに。しかし、それは一〇代の西崎氏にとって、大きな転機でもあったのだ。

「最初、“志”はありませんでした。バイトとはいえ、三年間の経験があるからと半分ナメてかかっていた」

職場である日比谷聘珍樓は、今までとは次元が違う。まして、同僚のほとんどは、調理専門学校出である。

そこでへこむことなく、「半分ビビリながらも半分はやってみようという気持ち」でスタートした。この負けん気が、料理を追求する原動力になった。

そして、“人との出会い”は、大きな財産となっていく。日比谷聘珍樓のトップは、謝華顕総料理長。西崎氏は、皆が休憩に行っても、総料理長や料理長から頼まれたことは完璧にこなしたという。

「自分としては、普通にやってきたつもり」と言うが、持ち前の素直な吸収力で、総料理長の指導を確実に消化していったようだ。聘珍樓の中でも高級店である同店では、高級食材を扱う機会が多く、コック数も限られている。多彩な素材に触れ、調理の多くの部分にかかわれたことも、プラスになった。

日比谷店で七年間修業した西崎氏だが、ここで第二の転機を迎えることになる。

「一度、よそを見てみたくて」と、ホテルに移籍。そこで、扱う食材や料理の質、料理に対する考え方の違いを感じたという。そして、ホテル経験者の街場のレストランを見下すような言葉に、またしても「見返してやりたい」という負けん気がムクムクと湧いてきたのだ。

「ホテルでの経験は、尊敬できる人と出会えたというプラス面もあった。そして、聘珍樓の良さを再確認できた機会にもなった」

なかなか自分の思う料理を実現できないという閉そく感を味わう一方、香港の焼き物専門の料理人と出会い、レシピを習得して焼き物の腕を上げたという。

料理の幅を広げ、日比谷店に戻るが、平成12年の溜池山王聘珍樓オープンとともに、副料理長に就任。料理長は、香港出身の著名な料理人陳瑞忠氏だった。陳氏との出会いは、衝撃的なものだったという。

「自分が正しいと思うことが、すべて否定された。自信がなくなりそうになりましたね」

陳氏は、野菜炒めにしても、素材一つ一つに対して、火の通し方や味付けにこだわった。味はもちろん、色・艶・盛りつけにも厳しいという前向きな姿勢から、多くのものを学んだという。既存の調理法に固執せず、素材を生かす最良の方法で作ることに開眼した西崎氏。その力量や若い感覚を生かす場として、溜池山王聘珍樓は、またとないフィールドといえるであろう。

料理長となった現在、「例えば、ホタテもただ炒めるだけではおもしろくない。表面だけカリッと焼いて薄味で仕上げ、ソースをかけて出す。魚も、皮のおいしさを生かす調理法で」など、今までの中華の殻を破る料理を次々と生み出している。

さらに、一皿ずつ盛りつけて出すためには、厨房全員での協力は不可欠。従来の中国料理とは違う、フレンチと共通するシステムが求められるわけで、ホールを含めたチームワークを整えていく役割は重大だ。

「シノワという新しいスタイルを、お客さんが違和感なく受け入れ、感動の声をかけてくれるのがうれしい。でも、基本は外さずやっています」と言う言葉に、あくまで中国料理を担っていく者としての気概が感じられるようだ。

(カメラ・文 中尾みちよ)

・所在地/東京都千代田区永田町2-11-1、山王パークタワー27F ・電話/03・3593・7322

◆プロフィル

昭和46年千葉県流山市生まれ。高校入学と同時に近所のラーメン店「いなほラーメン」でアルバイトを始める。当初は雑用要員だったものの、持ち前の器用さで仕事をメキメキ吸収。卒業時には店の料理を一通りこなす腕前に成長。

卒業後、店主の薦めで「日比谷聘珍樓」に入店。七年間の修業後、ホテル厨房に興味を持ち「サテライトホテル芝浦」に移籍。三年後、日比谷聘珍樓に戻り、「溜池山王聘珍樓」のオープンにあたり副料理長として移動。昨年、三一歳の若さで聘珍樓グループの最年少料理長に就任した。

料理のイロハ、聘珍樓の味と方針を覚えた一五年間。この先は、さらなる中国料理の技術向上もさることながら「自分の色を磨くのが課題」だという。積極的に異業種の厨房に出向いて研鑽するなど、料理人の絶頂を目指しまっしぐら。

趣味は魚介売り場の見学。市場からスーパーまで、見てるだけで勉強に事欠かないという。二歳の息子も大好きとか。

◆私の愛用食材 岩手県産の干しアワビ

聘珍樓が産地直送で仕入れる岩手県産の干しアワビ。色、形、歯ごたえに優れ、通常ルートは絶対に手に入らないという。

一八〇gの生アワビを干化で一五gほどに圧縮した干しアワビは、もどすと一〇〇gほどになる。

「高品質の国産干しアワビは本場・香港に流れるケースが多く、入手は逆輸入が一般的。産直で原価をおさえリーズナブルに提供しています」と言う。

この干しアワビを使った自慢のメニューが「アワビの姿煮」(六八〇〇円)。もどしてスープで煮込んで寝かせてと、調理に一週間の手間をかける逸品だ。スープのうまみを十分に吸収した姿煮の、かんだ時にキュッとくる食感が絶品という。

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