電化厨房特集:第一線シェフ座談会・電化厨房の活用事例と今後の展望
ホテルオークラ東京「ダイニングカフェ カメリア」シェフ・秋山肇氏、東天紅「日本料理 海燕亭」料理長・大里利光氏、ホテルカデンツァ光が丘「中国料理 白楽天」料理長・劉和平氏。電化厨房システムの活用経験10年以上の3氏に、和・洋・中それぞれの立場から、オール電化厨房のメリット、活用事例、今後の展望などについて語ってもらった。
◆出席者
・ホテルオークラ東京「ダイニングカフェ カメリア」シェフ・秋山肇氏
・ホテルカデンツァ光が丘「白楽天」料理長・劉和平氏
・東天紅「海燕亭」料理長・大里利光氏
秋山 先ほど、白楽天さんの厨房を見せていただいて驚きました。調理場がとても奇麗ですね。12年も使用されている中国料理店の厨房とは思えません。
劉 ありがとうございます。普通、中国料理店の厨房は、どこも油汚れがひどく、床はヌルヌルしているのが当たり前です。油料理の多い中国料理店の宿命とも言えます。でも、うちは電化厨房ですから、調理時の油煙が少なく、クリーンな厨房環境を実現しています。お2人のお店はどうして電化厨房を採用されたのですか?
大里 私が勤めている「海燕亭」は、(株)東天紅の和食部門の屋号です。1996年にオペラシティ(東京・初台)の54階に支店を出店した際、高層階であることから、安全面を考慮して火災事故の心配のない電化厨房を採用しました。
秋山 私が最初に電化厨房を手掛けたのは10年前。東京・昭島市の「フォレスト・イン昭和館」のオープン時、労働環境を考えてのことです。いま所属するホテルオークラ東京の「ダイニングカフェ カメリア」は3年前、オープンキッチンにリニューアルする際に電化厨房を採用しました。
調理の臨場感をアピールするのが目的ですが、ガス厨房だと料理人がどうしても汗をたくさんかく。額に汗して働くのはよいのですが、帽子まで汗で濡れるようだと、見た目が悪いし衛生上にも問題もあります。その点、電化厨房は涼しくて衛生的。オープンキッチンには最適ですね。
劉 私は中国での修業時代、コークスを皮切りに、石炭、油、ガスと、あらゆる熱源を経験してきました。どれも非常に熱くて、夏期は上半身裸で調理したこともある。それに比べ電化厨房は天国。上海から来日したスタッフも快適に働けると喜んでいますよ。
秋山 ある有名店では、夏季のピーク時に調理人が酸素ボンベを吸いながら働いているとか。それは極端な例だと思いますが、そのくらいガス厨房の現場というのは過酷ですよね。
大里 ガスだと、いつも厨房の室温を気にしていなくてはならない。でも、電化厨房は季節を問わず室温を一定に保てるので、安心して仕事に打ち込めますね。
劉 それに電化厨房は省エネルギーでCO2の排出が少ない。環境対応にもマッチします。ホテルオークラのコンセプトは「地球環境にやさしいホテル」ですから、電化厨房はそのコンセプトの実現に、まさに最適なわけです。
大里 中国料理の調理で、電化厨房で不便なことはありませんか? 当社の中国料理部門では最初、直火がないので、かなり戸惑っていたようですよ。
劉 ええ、慣れるまでは多少時間がかかりましたね。でも慣れてしまえば問題はありません。一番戸惑うのは炎が見えないことですが、これは和・洋・中どれも同じだと思います。
秋山 中国料理は鍋に火を入れなくてはいけない、従って直火のないIHレンジ(電磁調理器)は中国料理に向かない、と言われますよね。
劉 慣れてしまえば直火の有無は気になりません。それより大切なのは、調理前に鍋をよく焼くことです。それさえ踏まえれば、あとの調理方法はガスと同じ。鍋をあおることもできます。鍋に火を入れることはできませんが、お客の目の前で鍋に火を入れて見せるのは、どちらかというとパフォーマンス。絶対に必要というわけではありません。
大里 IHレンジでも、中国料理に必要な火力は十分にあるということですね。
劉 はい。例えばIH中華レンジは、火力が弱いと思われがちですが、それは昔のこと。いまや機器の進歩が著しい。火力はガスに勝るとも劣りません。加熱の立ち上がりは、むしろIHレンジの方が優れているぐらいです。
秋山 その通り。IHレンジは想像以上に火力が強い。慣れないうちは、うっかりしていて料理を焦がしてしまうこともありました。
大里 強すぎると思うこともあります。当店では、IHレンジで料理を煮詰める時、レンジと鍋の間にぬれぶきんや薄いベニア板を挟んで、火力を緩和させています。
秋山 IHレンジのスピーディーな立ち上がりは大きな魅力ですね。ランチに親子丼を出しているのですが、IHレンジだと鶏肉に火が早く入る。提供時間も短縮できます。
大里 湯沸かしは、ガスよりも電気のほうが圧倒的に早いですね。当店では電化厨房店舗に限らず、湯沸かしには必ずIHレンジを使っています。
劉 結婚式や宴会で大量調理を手掛ける場合、ムラなく効率よく調理するために、料理鍋とは別の鍋で油を170度C近くまで熱しておき、それを料理の上からかけることがあります。IHレンジは、油温を上げるのも早いし、引火の心配もないので助かります。
大里 ゴトクがないフラットなヒーター面も便利です。煮物を炊き合わせる時、小鍋をヒーター面の電磁部に少しずつかけて置く。そうすれば、数種類の小鍋を一度に調理することができます。
秋山 最近、IHレンジに慣れた調理人は、IHレンジの応用活用を模索していますし、機器自体の性能も進化しています。双方の歩み寄りにより、IHレンジの苦手料理は少なくなってきていますね。
劉 そうですね。初期のIH中華レンジは電磁コイルの設計上、鍋底部に加熱ムラが生じてしまい、卵料理には向かないとされてきました。加熱ムラを防ぐために、私も鍋の振り方をいろいろ工夫したものです。しかし、現在のIH中華レンジは、コイル設計が改良されて、卵料理もガスレンジと同様にこなせます。
大里 微妙な火加減を要する温泉卵も、いまやIHレンジの方が調理しやすいですね。
劉 ほかに電化厨房だからこそ、可能となった調理方法はありますか?
秋山 当店の人気メニュー「牛スジ煮込み丼」は、まさに電化厨房ならではの逸品です。牛スジと牛アキレス腱を調理するのですが、この部位は硬いため、煮込むのに長時間を要します。しかし、電気のスービークッカーとスチームコンベクションオーブン(以下スチコン)を活用して、オーバーナイトクッキング(夜間調理)でじっくり煮込むと、朝にはジワッと軟らかくなって味もよくなじみます。
火種がなくて安全ですし、仕上がり時間を指定するタイマー機能も便利です。この料理をガス機器で作るならば、シェフがつきっきりで長時間、鍋を見張っていなければならない。直火の管理も時間の管理も難しいでしょう。しかも、うちのホテルでは夜間の電気は安いので、コスト削減にもつながります。
大里 なるほど。それは参考になる。
劉 アラ部分を安い夜間の電気を利用しておいしく仕上げる。一石三鳥の料理ですね。電化厨房は、そのような潜在メリットがたくさんある。新しい料理に挑戦する意欲が沸いてきますね。
秋山 火力や調理時間のコントロール制御は、電気調理機器の大きな魅力ですね。
劉 ガスに比べて火力が安定している。
大里 そのうえ電気は火力調節や調理時間を数値で管理できます。これは若手料理人の指導にも役立ちますね。例えば、料理にどこまで火を入れるか。日本料理は、食材の味を引き出したところで止める。「焼きすぎない、煮すぎない」の「すぎない」が大切です。
その技術は、「経験を積んで感覚で覚えてゆくしかない」とされてきました。今の時代、若手に感覚で五感を訴えるのは難しい。「メモリいくつで何分何秒」と教えた方が、正確に伝わる。
まず完成型の作り方を教えて、何故そうなるのか、後から自身で考えさせる。順序は昔と逆になりますが、その方が調理場の効率が良い。昔の指導方法にこだわらなくても、やる気のある若手は、自分で勉強して一人前になります。それはいつの時代も変わりませんね。
劉 若手はマニュアル化に抵抗がないようですね。
大里 そう、抵抗感がない。電化厨房は働きやすく、理解しやすいと感じている。だから若手ほど電化厨房を望んでいるのではないでしょうか。
秋山 料理は「腕、カン、経験」が揃って一人前とされてきましたが、それらが数値で検証できるようになった。これは大きいメリットですね。
劉 レシピを書いた本人がいなくても、レシピ通りの料理が作れますね。また、たとえ今すぐに伝える相手がいなくても、とりあえずレシピは残しておける。
大里 レシピを数値化することで、異業種間で情報の共有化が図れます。当社には、和食のほか中国料理と洋食の部門があり、料理人同士の交流もあります。料理方法を数値で意見交換すると、お互い理解しやすい。
秋山 確かにそうですね。私が得意とするスチコン料理にも同じことがいえます。スチコンを多用する同僚(和食調理人)から教えてもらった数値ノウハウが生きています。
劉 電化厨房は料理の世界を広げてくれますね。
秋山 これだけ電化厨房が普及してくると、電化厨房を出店条件とするケースも出てくるのではないでしょうか。
大里 そうですね。最近は高層ビルが増えています。地震や火災事故を危惧して、ビル側が電化厨房を指定してくるケースも増えてくるでしょう。それだけに、電化厨房のノウハウを構築している企業の方が、出店チャンスも多くなりますね。
劉 電化厨房は、火の消し忘れ、ダクトからの出火、ガス漏れなど、飲食店火災の主原因となる要素が極めて少ない。だから高層ビルは電化厨房を採用するんです。
大里 厨房をコンパクトにレイアウトできるメリットにも注目したいですね。
劉 電化厨房は、調理機器を立体的に配置できます。また、使ってないIHレンジは作業台としても使えます。さらに、涼しいから冷蔵庫も加熱機器のそばに配置できます。したがって省スペースかつ厨房がコンパクト化。作業動線が短縮するため作業効率もアップしますね。営業スペースが増えるというメリットも出てきます。
大里 厨房レイアウトは作業効率に直結します。電化厨房のメリットをより生かすためには、厨房設計前に現場で働く料理人の声に耳を傾け、それをしっかりと反映させることが重要だと思いますね。
秋山 作業効率は即コストに影響しますからね。ところでコストメリットはどうですか? 私の店では、先ほど言った安い夜間の電力を利用したオーバーナイトクッキングなどによって、コスト削減を図っていますが。
劉 電化厨房は熱効率に優れ、空調負荷も少ない。ガスに比べてランニングコストは下がると思います。それに清掃面でのメリットも大きいですね。ガスレンジを使っていたころは毎日、ガスコンロを削るようにして掃除しなくてはならなかった。ダクトは月に1回外して化成ソーダで煮ないと油汚れが落ちなかった。
電化厨房は簡単に掃除できます。清掃コストが削減できるし、調理機器の傷みも少なく長持ちします。掃除時間が短縮した分、余計な残業代もかからなくなりました。
大里 そうした費用は意外と大きいですよね。また、電気だけなら一元管理ができるから節約しやすいといった側面もあります。
秋山 ある社員食堂では電化厨房に転換後、従業員のユニフォームのクリーニング代が3割減ったそうです。電化厨房は総合的にみると、コスト削減に効果的だと思います。
秋山 電化厨房は作業効率のアップはもちろん、料理人に時間と余裕を与えるメリットもありますね。時間があれば、お客と接する余裕ができて、接客サービスも向上します。
大里 料理人も、厨房で料理を作っていればよいという時代ではありません。外商の仕事も多くなる一方です。電化厨房にすると、そうした時間が作りやすいですね。
電化厨房のメリットを生かして、自分の味(調理レシピ)を数値化できれば、安心して部下に任せることができます。もちろん部下にも一定以上の技術がなければ任せられませんが……。
そのような技術の共有化に電化厨房のメリットは欠かせません。
秋山 ただし、「電化厨房でマニュアル化すれば料理人は不要」と言う人がいますが、それは違います。私の店の場合、料理を作るのは若手ですが、提供前に必ずベテランがチェックする仕組みになっています。このチェック機能が大切です。これは経験がないとできない。
劉 その通りですね。料理はワンパターンではいけない。お客の好みや体調に合わせて味を調える必要もありますしね。
秋山 ホテルで長期滞在されている方に料理を出す場合、その人のその日の顔を見て、体調を判断して料理の味を決めなくてはならない。これには熟練が必要です。
大里 どれほど厨房機器が発達しても、「料理は人が作り、人が食べるもの」という基本は変わりませんからね。
劉 今後の電化厨房に期待することはありますか? 私は定期メンテナンスのシステムが確立されることを希望します。電気機器の修理にはガス以上の専門知識が必要。故障するとわれわれはお手上げです。
秋山 IHレンジのヒーター面に鍋の角を当てると、セラミックが割れてしまうことがあります。修理費が高いので、その点の改良を期待したいですね。あと、メーカーによって規格が違うのも困ります。せっかくメニューを数値化しても、違うメーカーの機器では使えません。これでは電化厨房のメリットを生かしきれない。もったいない話です。また、鍋の径の種類がもっと欲しいですね。とくに小さいタイプが欲しい。
大里 鍋の形や種類がもっと増えると、より使い勝手がよくなりますね。
秋山 電化厨房機器の進歩は目ざましいですから、そのような課題が解決されれば、さらに電化厨房を採用する店が増えるでしょうね。
◆出席者プロフィル
●あきやま・はじめ=(株)ホテルオークラ東京「ダイニングカフェ カメリア」シェフ(東京都港区虎ノ門2‐10‐4、電話03・3224・6677)
1954年東京都生まれ。74年ホテルオークラ入社。76年「オーキッドルーム」担当。80年から6年間の「ホテル霞友会館」出向。92年から1年間の「英国サヴォイホテル」出向を経て、96年からオール電化厨房採用の郊外型リゾートホテル「フォレスト・イン昭和館」開業準備室勤務。97年同ホテル総料理長就任。現在はホテルオークラ東京「ダイニングカフェ カメリア」のシェフを務める。
●劉和平(リュウ・ホーピン)=ホテルカデンツア光が丘「白楽天」料理長(東京都練馬区高松8‐5、J・CITY、電話03・5372・4476)
1960年中国湖北省武漢市生まれ。78年湖北省武漢市福慶和酒楼(湖南料理)に勤務。85年同酒楼料理長に昇進。86年来日。90年千代田ビジネス専門学校卒業後、豊島区池袋中央飯店に勤務。98年からホテルカデンツァ光が丘「白楽天」勤務。現在に至る。
●おおさと・としみつ=(株)東天紅・日本料理「海燕亭」料理長(東京都台東区池之端1‐4‐33、電話03・5814・1515)
1952年千葉県佐原市生まれ。71年田園調布料亭「大国」を皮切りに日本料理の道を歩む。目黒天恩山五百羅漢寺「らかん亭」で精進料理調理長を10年間務めた後、築地本願寺伝道会館取締役調理長を経て、92年から「海燕亭」調理長を務める。現在では、千葉SKY WINDOW’S、初台オペラシティーの店舗を運営する。