タイ、コロナ後の注目は食品業界 異業種から参入続々
●新規事業でリスク分散 垣根越え出店、事業展開
新型コロナウイルスの収束が近いとされるタイで、異業種から食品業界に進出しようとする動きが拡大している。巣ごもりの定着で宅配などを通じて食品を求める動きが広がったことに加え、健康や美容への関心の高まりから食の付加価値を求める消費性向が強まったことが背景にある。企業もリスク分散の観点から今のうちに新規事業を立ち上げようと、垣根を越えた大胆な出店や事業展開を行おうとしている。
タイ国営石油企業のPTTは傘下の小売事業会社を通じて、給油所内に入居する飲食店が販売する食品や飲料を配達するサービスを6月下旬に開始した。専用アプリの「キューキュー」を使って注文を受け、配達員が客の自宅まで届ける。拠点は、バンコク首都圏にある五つの給油所内にある飲食店。健康などを前面に押し出したメニューで客の囲い込みを狙う。給油所内には合わせて24時間営業のコインランドリーも設置。持ち帰り客もターゲットとする。ライバルの給油所運営大手PTGエナジーも非石油部門の拡大に力を入れる。向こう5年間に最大100億バーツ(約380億円)を投じ、食品や飲料ほか小売事業に力を入れる。併設展開するコーヒ店バンダイ・コーヒーは現在の約370店から26年までに3000店に増設。同様にコンビニエンスストアのマックスマートも倍増の500店規模とする計画だ。
大手財閥ブンロート・ブルワリーの子会社で不動産開発会社のシンハ・エステートは、中部アユタヤ県北郊のアントーン県に食品産業向けの工業団地「Sアントーン工業団地」の開発を進めている。敷地面積は約1800ライ(約290ha)と東京ディズニーランドの6個分弱。この広大な土地に、タイ料理や食材・具材などの生産を一手に担う専用工場を建設する。計画は「キッチン・オブ・ザ・ワールド構想」と名付けられ、政府もこれを後押しする。
同じ不動産開発会社のサイアミーズ・アセットも年3億バーツを投じて食品事業を育成する。全額出資子会社を通じて開設を進めているのは、飲食店などから注文を受け調理を請け負うクラウドキッチン。これまでに米サンドイッチチェーンやしゃぶしゃぶ店などから契約を取り付けている。年末までにクラウドキッチンの数を90拠点前後にまで拡大する方針だ。
既存の食品企業にも新製品や食に関する新規事業を立ち上げ、ポートフォリオ(事業の組み合わせ)を広げようという動きがある。大手コンビニエンスストアのセブンイレブンにパン製品を納品する相手先ブランド生産(OEM)のNSLフーズは、今年初めまで90%以上あった総売上高に対する依存率を5年後までに70%に引き下げる計画を進めている。新型コロナによって消費者行動は多岐にわたるようになり、コンビニエンスストア一辺倒だった事業モデルを見直す。タイ料理やデザートといった独自の新規メニューを商品化して、新たな客層の掘り起こしを図る。
ブンロート・ブルワリー傘下の食品事業子会社フードファクターズは、タイ77県の食材を使った新規ブランド食品「ローカルサイアム77」の立ち上げを進めている。広く流通する市販の調味料などは使わず、伝統的な味と仕上げにこだわった食品をレトルトや冷凍技術を使って供給する。
近年は自動車産業や家電産業などの工業化が進むタイだが、食料自給率が150%を超すなど豊富な食材の農業国でもある。今年の食品輸出額は前年比8.4%増の1兆2000億バーツと見込まれており、新型コロナで傷ついた国内経済の救世主としても注目を集めている。
(バンコク=ジャーナリスト・小堀晋一)