東京2020大会 食を通じた関わり 試される遺産支える役割

総合 ニュース 2019.08.21 11927号 03面
有明体操競技場、東京2020パラリンピック競技大会時の内観イメージ(2019年2月現在)/Tokyo2020提供

有明体操競技場、東京2020パラリンピック競技大会時の内観イメージ(2019年2月現在)/Tokyo2020提供

2020(令和2)年7月24日から8月9日までの17日間、東京・新宿の新国立競技場をメーン会場に近隣の地域を合わせた43の会場でオリンピック選手1万1090人の33の競技が、続いて8月25日から9月6日の13日間、同20の会場でパラリンピック選手4400人の22の競技が行われる。この「第32回オリンピック競技大会(2020/東京)」と「東京2020パラリンピック競技大会」の二つの競技大会からなる「東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会」(東京2020)の開催まで約11ヵ月と迫る。オリンピック観客780万人、パラリンピック観客230万人を含む約1045万人の食に関わることになる食品産業界には、スポーツの祭典への関わりを通じて、日本や世界全体に対して示すレガシー(遺産)を支える役割も試されている。(川崎博之)

●世界の変革促し未来へ

東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会(東京2020組織委員会)は、東京2020のビジョンを「スポーツには世界と未来を変える力がある」とし、(1)全員が自己ベスト(2)多様性と調和(3)未来への継承–の三つを基本コンセプトとした。(1)では「万全の準備と運営によって、安全・安心で、すべてのアスリートが最高のパフォーマンスを発揮し、自己ベストを記録できる大会を実現。世界最高水準のテクノロジーを競技会場の整備や大会運営に活用。ボランティアを含むすべての日本人が、世界中の人々を最高の『おもてなし』で歓迎」するとした。(2)では「世界中の人々が多様性と調和の重要性をあらためて認識し、共生社会をはぐくむ契機となるような大会とする」という。そして(3)では、成熟国家となった日本が、今度は世界にポジティブな変革を促し、それらをレガシーとして未来へ継承していくとした。

●飲食戦略で食文化発信

競技会場、選手村、メーンメディアセンター、ホスピタリティーセンターなど東京2020で管理する施設で提供する飲食サービスについての基本戦略を検討するため、東京2020組織委員会は、飲食戦略検討会議を設置、17年3月13日から9月13日までの6回の会合で基本戦略を策定した。それを国際オリンピック委員会(IOC)と国際パラリンピック委員会に提出し、18年3月に「飲食提供に係る基本戦略」(飲食戦略)として公開した。

飲食戦略で東京2020組織委員会は、(1)食品衛生、栄養、持続可能性などへの配慮事項を網羅した飲食提供に努めることによる生産・流通段階を含めた大規模飲食サービスの対応力の向上(2)盛夏の時期の開催を十分配慮した食中毒予防対策を講じ、食品安全の国際標準への整合も含め、先進的な取組みの推進(3)認証やこれに準ずる取組みによる国際化への対応の促進と食品廃棄物抑制など環境配慮の取組みの推進(4)日本人が自らの食文化の良さをあらためて理解して発信するきっかけ、外国人が受け入れやすい日本の食による「もてなし」–の4点に取り組むとした。

(4)の日本の食による「もてなし」は「未来への継承」につながる部分でもある。飲食戦略では、東京2020の飲食提供に日本の食文化を取り入れることにより、持続性の高い日本の食文化を世界に紹介するとともに、日本人自らの食文化の再認識と未来への継承を促進するとした。その前提にあるのは、日本の食文化は、食材を無駄にせずに使い切る食べ物を大切にする精神性、多様な食材を適切に利用するなどの点から、持続可能性の高い食文化であるという認識だ。

また、外国人観光客が訪日時に期待するものの代表が日本での食事であり、海外でも日本料理の人気は高まっていることから、東京2020でも、飲食提供の対象者はわが国の食文化を楽しみにしている人たちも多いとの考えもある。

このため、(1)必要な栄養素を摂取しやすい特徴を有している日本の「食」の特徴を生かした提供(2)競技の最中、極度の緊張状態に置かれる選手に対し、競技の合間や終了後にリラックスして飲食を行うことができる空間のおもてなしの雰囲気での提供(3)地域性豊かな食文化を活用した飲食の提供と地域特産物の特徴などの情報の発信(4)新しい技術や優れた品質などの発信–に取り組むとした。

●持続可能性の追求が柱

14年12月8~9日、モナコで行われた第127次IOC総会はオリンピック・ムーブメントの未来に向けた戦略的な工程を示す40の提言からなる改革案「オリンピック・アジェンダ2020 20+20提言」を採択した。東京2020組織委員会は、その趣旨を具体的に大会運営に反映するとし、東京2020によるオリンピック改革のスタートを宣言している。同改革案では、オリンピック競技大会のすべての側面に持続可能性を導入する、オリンピック・ムーブメントの日常業務に持続可能性を導入する–などを提言した。持続可能性の追求が柱の大きな一角を占めている。

17年3月24日に「持続可能性に配慮した調達コード(第一版)」とともに策定した「持続可能性に配慮した農産物の調達基準」では、「国内農業の振興とそれを通じた農村の多面的機能の発揮や、輸送距離の短縮による温室効果ガス排出の抑制等への貢献を考慮し、国産農産物を優先的に選択すべき」とし、畜産物、水産物についても「持続可能性に配慮した畜産物の調達基準」「持続可能性に配慮した水産物の調達基準」がそれぞれ同様に国産を優先的に選択すべきとした。飲食戦略では、それらを踏まえ、東京2020の飲食提供では、予算の範囲内で国産食材を優先的に活用するとした。これによって「持続可能性に配慮した調達コード」に合致した農畜水産物の生産を促進するとともに、各地域での地元の食材への関心を高めることを通じ、消費者の地場産食材の一層の購入量の拡大につながることへの期待を示した。

東京2020組織委員会は「持続可能性に配慮した調達コード」(第一版=17年3月24日策定〈16年6月13日策定の木材を改定の上、編入〉、第二版=18年6月11日策定〈紙、パーム油の追加〉、第三版=19年1月15日策定〈木材の見直し〉)のよりどころとなる「東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会 持続可能性に配慮した運営計画 第一版」(運営計画第一版)を策定し17年1月30日に公表している。東京2020の運営に当たっての持続可能性への配慮の方向性・目標・例示施策を示したものだ。そこに、具体的な数値目標や役割分担を盛り込むため、計画策定や大会開催に向けて財政その他の支援を行う政府や地方自治体、民間機関などの多様なデリバリーパートナーとの協議を重ねて、さまざまな視点を取り入れた「東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会 持続可能性に配慮した運営計画 第二版」(運営計画第二版)を策定、18年6月11日に公表した。

運営計画第二版では、運営計画第一版では記載し得なかった(1)持続可能性に配慮した競技大会を目指す意義として国際連合のSDGs(持続可能な開発計画)への貢献を明確化(2)運営計画の実施とモニタリングの体制などを明確化(3)主要テーマごとの具体的な目標とそれに向けた施策–を記載した。

東京2020の持続可能性に関する主要テーマは、「気候変動」「資源管理」「大気・水・緑・生物多様性」「人権・労働・公正な事業慣行等への配慮」「参加・協働、情報発信(エンゲージメント)」の五つとされている。運営計画第二版では、五つのテーマごとに目標とその達成に向けた施策を示した。食材調達についての考え方は、「気候変動」の「目標8 環境負荷の少ない輸送の推進」の「大会関係の物資輸送における配慮」の一つとして示されている。

「気候変動」では可能な限りの省エネ・再エネへの転換を軸としたマネジメントを実施することにより、世界に先駆けて脱炭素化の礎を全員参加で築くとした。「食材の調達に当たっても、国内の農林水産資源などを利用することで地域資源の活用・地域の活性化が進むとともに、CO2排出削減への貢献が期待できることから、品質やコスト等も加味しながら、できる限り近傍(きんぼう)の産地や季節の食材を選択することにより、物流に係るCO2の排出削減を図る」という。

「資源管理」では、「資源を一切ムダにしない」を大目標に「サプライチェーン全体で資源をムダなく活用し、資源採取による森林破壊・土地の荒廃等と、廃棄による環境負荷をゼロにすることを目指して、全員で取り組む」を全体的方向性として示した。「目標1 食品ロス削減(食品廃棄物の発生抑制)」は、現在世界的に注目されている問題でもあるため、発生する食品ロスについてのデータを取ることにより、今後の大規模スポーツイベントなどさまざまな場面での食品ロス対策を進めるためのレガシーにするとした。

●“日本の食” 次代継承を

東京2020の飲食提供でのさまざまな取組みは、初めて経験する内容と規模であり、そのため、こうした経験が将来を担う世代にプラスの波及効果となって伝わることが期待されている。それを飲食戦略は、具体的に(1)これまでにない大規模な飲食提供を計画、実施することにより、さまざまな分野(スポーツ栄養、食材調達、物流、食品衛生、食品防御、食文化発信、多様性と調和など)で、委託事業者含めて関係者の経験が高まる可能性(2)HACCP(危害分析重要管理点)の手法による衛生管理、持続可能性に配慮した食材調達の取組みの意義が広く伝わることにより、食のサプライチェーンにおける新たな変革をもたらす可能性(3)日本の食文化発信の具体的取組みを検討する過程で、日本の人々が自らの食文化や地域の伝統をあらためて考え、再認識するきっかけを提供できる可能性(4)パラリンピアンをはじめ、参加する障がい者の方への配慮、宗教上・食習慣上の配慮を通じた多様性と調和の意識が高まる可能性–として列記した。

東京2020組織委員会は、将来に伝えていくべき無形の貴重な経験や財産が形成されると考えられるとし、こうした視点をエンゲージメントの取組みにも生かし、次世代を担う若者が行動するきっかけとなる機会を提供していくという。

“日本の食”というレガシーには、安全・安心やロス削減の取組みにとどまらず持続可能性で世界の模範となるさまざまな要素がある。飲食戦略の中で特に注目したいのは、新しい技術や優れた品質などの発信だ。日本には、例えば、かみやすく、飲み込みやすい食事が必要となるなど、身体機能上の理由により食事に一定の配慮が必要な人に対しても、おいしく栄養価の高い食事を提供するための調理方法や各種食品加工技術、JAS制度に代表される食品の品質などを確保する仕組みが存在する。「このような技術などを活用し、すべての飲食提供対象者に衛生の確保された、満足感のある飲食を提供するとともに、日本の食品の優れた品質などを発信していく」という。

レガシーを支える中でこうした要素の普遍性をさらに追求し極めていくことも求められている。

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