忘れられぬ味(70)森永製菓・森永剛太社長「テキサスの特大ステーキ」
昨今日本は、一億総グルメと言われるほど「食」に対する関心が高く、テレビや雑誌などで毎日のように扱われているようであるが、超高級食材を使った一皿から頑固おやじの作るこだわりの一品、はたまた二八〇円の牛丼、六〇円のハンバーガーに到るまで、いつでもどこでも手軽に美味しい物が食べられ、また世界各国の料理が日本で味わえる大変豊かな、食の面でもグローバル化の時代を迎えた。
森永製菓に入社して間もない昭和40年、当時社長であった私の父、森永太平の欧州米国市場視察の出張に随行した。折しもその前年に日本は、東京オリンピックを開催し、経済も活気に満ちあふれていた。とはいえ日本からの海外旅行にはまだいろいろと渡航制限があり、年間でもわずか一六万人ほどで、今年の夏の海外渡航者数二六八万人と比べると正に隔世の感がある。私も社会人になって初めての海外出張で、欧米市場を直に見て肌で感じる機会を得て、大いに勉強になった。
米国ではどこへ行ってもスケールの違いに目を見張るばかりであったが、中でもテキサスを旅した時に立ち寄った牧場の広大さには度肝を抜かれた。西部劇に登場するようなカウボーイ達が見事な手綱裁きで牛を追い立てる姿に体中の血が熱くなるのを覚え、思わず握手を求めた。彼らの分厚い大きな手を力強く握り返したところ、私の握力の強さに少々当惑したような笑顔で大袈裟に驚いていたのがとても印象的であった。
私は学生時代から格闘技が好きで体を鍛えるために高校生時代ボディービルを始め、当時の握力は九五キログラム以上はあった。その牧場で昼食の時にご馳走になったTボーンステーキは絶品で、何の飾り気もない極めてシンプルなステーキであったが、一流レストランのステーキよりも数倍美味しく、私にとっては今でも忘れられない味である。ちなみにその時私は二・五ポンド(約一キログラム強)のステーキをぺろりと平らげたが、大男のカウボーイ達もさすがに驚いたようで、今度は逆に彼らから握手を求めてきた。
とても懐かしい思い出であり、いつの日か機会があれば、ぜひあの牧場を訪ねてまた二・五ポンドのステーキに挑戦してみたいと思っている。
(森永製菓(株)社長)
日本食糧新聞の第8902号(2001年9月26日付)の紙面
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