食品企業におけるパーパス経営の先進事例:霧島酒造・江夏順行社長に聞く

酒類 インタビュー 2024.08.30 パーパス経営号 07面
霧島酒造株式会社 代表取締役社長 江夏順行氏

霧島酒造株式会社 代表取締役社長 江夏順行氏

本社増設工場

本社増設工場

◇霧島酒造株式会社 代表取締役社長 江夏順行氏

インタビュアー:加藤孝治
インタビュー日:令和5年11月15日
インタビュー場所:霧島酒造株式会社本社(宮崎県都城市)
※社名・役職はインタビュー当時のものです。
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ブランド化を持続して価値を創造

加藤:社長が、これまで霧島酒造を経営されるにあたり、重視されてきたものは何ですか。

江夏社長(以下、敬称略):経営で重視してきたことは、使命感と誇りですね。ブランドみたいなものです。それはどうやって売ろうかということではありません。短期的なマーケティングで売上をとるのではなく、長い期間をかけてブランドを創り上げなくてはいけないと考えています。例えば誰もが名前を知るような高級ブランドの商品も、機能面だけなら他の商品と大きくは変わらないかもしれないけど、ブランドがあることで高い価値がある。「霧島」というブランドについて、高い価値を感じていただけるようにしなくてはいけないと考えています。

加藤:お客さんの認知度ということで言えば、全国的にいうと霧島のブランドは2000年代になって急速に拡大してきたと思います。今では、どこのお店に行っても「黒霧島」があるような状況になっています。

江夏:1996年に自分が社長に就任した時、霧島酒造は業界内で順位が8番目、生産量は8万石でした。現在では約40万石を生産しています。この生産量は、清酒と焼酎業界の中でも最大の生産量になっています。今では、日本全国どこでも「黒霧島」の名前を知っていただけるまでになりました。

特に、宮崎に住んでいる方の中には、焼酎といったら「黒霧島」や「霧島」を連想していただける方もいるのではないでしょうか。地元の人はロイヤリティーが高く、いわば霧島ファンというような人もいます。ほかの商品ではなく霧島焼酎を選ぶのは、それを手にした時の情緒的な部分からきていると思います。何かしらの付加価値を感じていただけているのではないでしょうか。ブランドというのは、その名前があるだけで高い価値があり、認められるものだと思います。

加藤:社長としては、芋焼酎といえば霧島というところから、さらに進んで「酒」といえば霧島を連想してほしいというところまでお考えだということですね。

社長は「大事なことはマーケティングではない」と仰いましたが、メーカーとして品質を大事にするということでしょうか?

江夏:マーケティングももちろんですが、持続的なものが大事ですよね。持続可能という言葉で説明できるものが、日本型産業だと思います。清酒業界も500年続いています。天保の改革のころからです。江戸時代以降、疫病とかの影響が出ていることがあっても、それも潜り抜けている。コロナの影響も気になりますが、長い歴史の中ではそのような危機も乗り越えています。

加藤:国内市場でのブランドの定着、事業の継続についてお聞きしてきました。今後、企業を持続させていくということを考えた時に、地域との関係性をどのように考えていますか。

江夏:私は「ローカリティーこそグローバリティー」だと考えています。酒造りの基本は麹です。清酒も焼酎も麹を使用して造りますが、日本古来の麹文化の産物であり、我が国の非常に貴重な宝だと思います。

加藤:麹の原料となる米にもこだわりがありますか。

江夏:もちろん、米にもこだわります。麹に使用する米は国産米を使用しており、そのうち半分は宮崎県産米です。やはり高品質で美味しい焼酎を造るためには国産にこだわる必要があると考えています。

加藤:創業の時から御社はものづくりと原材料にこだわっていますね。芋に関しては九州産のものにこだわっていると聞きます。さらには米のほか水にもこだわりますよね。これは、先ほどのブランドとつなげて考えると、国産のこだわりがブランドにつながるということでしょうか。

江夏:日本酒や焼酎というのは國酒とされています。國酒という誇りを持ち、原材料にもこだわらないといけないと考えていますね。

加藤:御社は原材料のさつまいもを冷凍するという工夫をして、1年中生産し続けていますね。

江夏:さつまいもの収穫時期は8月から11月です。商品の安定供給のために収穫期に一部のさつまいもを冷凍保存しています。

地産にこだわり地元ファンを掴む

加藤:近年はサツマイモ基腐病(もとぐされびょう)が発生し、御社が原材料として使っていた黄金千貫が安定的に入らないリスクがあると聞いています。この件に関しては、どのように対応していますか。

江夏:病気の影響でさつまいもが手に入らなくなっています。その対策として志比田工場の近くに「霧島さつまいも種苗生産センター『イモテラス』」を建設し、菌やウイルスが検出されないさつまいもの茎頂を切り出して培養した苗の育成やさつまいもの研究開発、自社独自の品種改良も試みています。また、原材料に対するこだわりのほか、自社製造に対するこだわりとして、都城にある5つの工場での製造にこだわっています。自分たちの地元へのこだわりは地域貢献だけでなく、純粋性に対するこだわりです。地域にこだわるというのは、ある意味でファンづくりにつながります。ブランドロイヤリティーのある人はある意味でファンですよね。ルイヴィトンやアップルのファンがいるように、当社にとっては地元宮崎・都城の方々にもっとファンになってほしい。だから、地元の人に感動を創造できるようにしないといけないと考えます。信頼してもらうことで、ブランドロイヤリティーを高めていく必要があります。

加藤:確かにお酒は地域ごとに地酒がありますね。商品の特性として地元との関係性が強いということでしょうか。

江夏:お酒と地域の間には深いつながりがあると思います。ありがたいことに、この辺りに暮らしている人は霧島に対するロイヤリティーがとても高いです。宮崎県内や隣県にも焼酎メーカーは多くありますが、都城市内だと最初から霧島焼酎を選ぶという人がたくさんいるように思います。夕方になると霧島を飲むぞ、買いに行くんだという気持ちに自然になる。時間とともに霧島焼酎を連想するファンですよね。夕方、仕事が終わり、焼酎を3杯ぐらい飲むと明日のことはもう良いかなという、なんだか週末みたいな気持ちになるんですよね。これで終わり、あとは寝るだけだと。この気持ちが、私が若いころに感じていた思いです。子供は「こんな液体に夢があるの」って言うけど、実際に仕事をしているものにとって焼酎には夢があると思います。

加藤:社長は入社して最初に営業をされたとお聞きしますが、社長が第一線で営業していたころはどのような感じでしたか。

江夏:自分が入社したころの霧島酒造は決して大きな企業ではなく、自分は福岡の市場開拓担当でした。福岡市場への販売促進として、まずは部分的に集中的に攻めるという方針を立てました。後発の市場参入者として弱者だから、企業が多く集まる地域にターゲットを絞り、その中で宮崎出身の人に当社の焼酎を案内する。酒屋にも10本20本まとめて納品し、繰り返し訪問する。当時は、ランチェスターの弱者の戦法を取り入れたのです。いわば、桶狭間の戦いにおける織田信長のようなものです。相手のほうが兵は何倍もあったけど、油断している間に攻め込む。私たちも一点突破で営業を行っていました。その当時、健康ブームで鹿児島の黒豚とか黒毛和牛とか黒ゴマとかが取り上げられた時期がありました。「黒」ブームが起きたことで、全国発売してまもない黒霧島の販売の追い風となりました。

加藤:社長に就任した96年以降は、黒霧島の販売戦略が結果として功を奏したのでしょうか?

江夏:いい循環がどんどん続いていったと思います。社長就任時に8万石だったのですが50万石を目指すと言いました。そして、黒田52万石にあやかって、福岡にある黒田官兵衛の墓参りに行って、願を立てました。その後、50万石を達成した時には家内と一緒に御礼参りに行きました。

加藤:社長は、身に着けるものなどにもこだわりはありますか。

江夏:私はアナログ派ですよ。だから今、スマホも持ってないし、時計もしたことない。今の時代、時計っていうのは機能的価値だけでつけているものではないと感じます。例えばロレックスなどのように付加価値のあるブランドを長く愛用するんです。最終的には自己表現のために時計をつけるということだと思います。私はこれを使ってる人間だというアピールをしている。霧島焼酎を飲むことが、ある種自分のブランドを表す自己表現になるよう、もっとロイヤリティーを高めていきたいと考えています。

順風は危機

江夏:今、当社は危機的状況にあるのではないかと考えています。リーディングカンパニーとして本格焼酎の中でも地位を認められていますが、トーマス・カーライルの「逆風に耐えうる人間は数多くいよう。されど、順風に耐えうる人間は何人いようか」という言葉があります。今の当社は順風ですが、順風に耐えるというのはどういうことでしょうか。例えば福岡の飲食店やホテルでは多くのお客様に霧島焼酎をご愛飲いただいていますが、自己表現したい人は、希少な焼酎を飲んでみようかという気持ちになります。宮崎でもそうですよ。ある程度商品が市場へ行きわたると、人は別の新しいものを求めたくなります。その中で当社の商品を選んでもらうために、ブランドを創り上げる必要があります。

ブランドを考える上で、「3つのS」があります。1つはサプライヤーです。供給量は大きくなりすぎるといけないということです。供給が多くなると価値がなくなるということです。みんなが知っていると価値が下がってしまうリスクがあります。次に、ストーリーですね。商品販売ストーリーを作りなさいということです。3つ目はサービスです。この3つをどう考えるかということだと考えています。

加藤:売上拡大ばかり考えてはいけないということですね。

江夏:大量生産、大量販売を目的にして、すべて機械で製造するということになると、ブランドは下がります。手作りの部分をどこかで残しておかないといけない。ものづくりにはストーリーがあり、買い手が欲しがるものという素材がある。そこをうまくとらえていかないといけない。

もう一つの切り口として、価格か付加価値かということもあり、ブランド・価格・価値の3つの重なる部分を追求するということだと考えています。霧島酒造が大切にしていきたいのは価格路線よりは付加価値路線です。付加価値路線だからブランドが大事になってくるということです。商品とブランドがつながるようにならないといけません。何々(商品)といえば何々(ブランド名)とすぐに連想され、選ばれるのが、ブランドが浸透している状況だと考えています。ブランドは製品そのものの価値を引き上げることができます。その商品が持つ歴史などを通じて物語(ストーリー)を作ることができます。

価値を高めるには、感動を創造することが大事なのではないでしょうか。例えば「ワクワク感」が商品の与える無形資産となり、ブランドエクイティにつながると思います。それは会計上でいう貸借対照表に記載されないもの、言い換えると経済的に測定できないところ、そういう無形資産こそが大事だと考えています。まだ当社もブランド形成の途中ですが、そのような状態を目指していかなくてはいけない。当社においては、祖父の代から作り上げた信用が価値の創造につながると思います。

日本では、三方良しといって「売り手良し、買い手良し、社会良し」の考えがありますが、このうちの「社会良し」の部分が今強くなっているでしょう。社会良しについては、単なる寄付じゃなくて、本業を通じて提供できる社会的価値が大事だと思います。昨今は、SDGs的に考えて、「使う責任」「作る責任」といった価値が大事になっています。そのような状況下において企業としては、いかにして「サプライヤー」「ストーリー」「サービス」という3つのバランスを保ち、ブランドを形成するかということです。そのためにも、やはり地域にこだわるのは大事だと思います。

お酒を通じて幸せを提供

加藤:社長のお話をお聞きしていると、いろいろとこだわりを持っていらっしゃることが伝わってきました。働いている方々はどのように感じていると思われますか。酒に関わる仕事をしていることでの楽しさを社員の方も共有していらっしゃるでしょうか。

江夏:私が感じるところとして、社員も地域との共存意識はあると思います。また、焼酎というのは人に対し喜びを与えるものと考えています。これさえあればうれしい気持ち・豊かな気持ちになれるという人もいる。人生そのものとも言えるのではないでしょうか。社員の中にも、もちろん焼酎好きが多くいます。なんだかんだという理屈ではなく、飲むことで得られる幸福感というのでしょうか。私の感覚では、焼酎の場合は日本的な酔い方というか、腹の底のほうに力が入ってくるような感じです。蒸留酒といってもウイスキーとも違うように思います。そういった味わいをお客様はもちろん、造っている社員も日々感じているのではないでしょうか。

加藤:社長の経営に関する思いについてお聞かせいただきたいのですが、視線として今年とか来年の短期的な意識と、5年後、10年後という長期的な意識ではどちらが重要ですか。どれくらいの期間をイメージしながら企業を経営していらっしゃいますか? そして、事業を継続させる覚悟も教えてください。

江夏:経営にとって重要なことは、やっぱり継続ですね。のれんですよね。ブランド。信頼が大事です。例えば、神事ではお酒が用いられることが多くあります。私たちの地域で代表的な象徴は霧島神宮ですね。由緒正しい神宮で天照大神の孫にあたる瓊瓊杵尊がご主神で、木花咲耶姫と一緒に祭られていますが、絶世の美人とされる木花咲耶姫のお父さんはなんとお酒の神様なんです。もちろん短期的視点が大切な時もありますが、何百年と続いてきたお酒の歴史や、そこから成るブランドという意識も忘れてはならないと思います。

加藤:お客さんたちを裏切らないようにずっと美味しいものを、いいものを提供し続けるということが、社長にとって一番大事な目標ということですね。

江夏:お酒を通じて幸福を提供することだと考えています。お酒を通じて、生きている喜びや幸せを直接作りだすことができる、そういう商品を販売しているということですね。そういう仕事をしているという気持ちが大事です。そして、地元で作った商品を東京などで買ってもらうことで、地元にお金が返ってくる。これが大事ですね。

また、原材料仕入れなどサプライチェーンにおいて厳しい状況が続いていますが、このサツマイモ基腐病の影響という大変な状況下においても、地域との関係を保ちながら、生産農家と密にコミュニケーションをとり、乗り越えようと共に励んでいます。生産農家さんについていえば、昔は2,000軒あった当社の登録生産農家は、高齢化や転作・離農の影響を受け、今は1,200軒くらいになりました。この1,200軒の生産農家で大切に育てられたさつまいもが焼酎になります。仕込み水も地元の「霧島裂罅水」で、自社工場100%で生産している。私たちの焼酎は地元が生んだ恵みだと考えています。

加藤:地域連携についてはいかがですか。

江夏:私たちは、ふるさと納税にも協力しています。都城市のシンボルとなる企業としてこれからも地域への貢献を大切にしていきたいと考えています。

また都城市ではミートツーリズムという観光支援もあり、美味しい肉と焼酎が味わえるようになっています。都城は牛・豚・鶏、3つの合計産出額が日本一です。市の取組みにより、都城の焼酎のPRにつながっています。

加藤:全部つながっているということですね。都城で質の良い水が取れるということで、美味しい焼酎、美味しいお酒ができるということはあるのでしょうが、地域の原材料をうまく組み合わせながら、御社が焼酎を作っていらっしゃるということがよくわかりました。ありがとうございました。

◆略歴

えなつ・よりゆき 1946年、宮崎県都城市生まれ。1970年、立教大学経済学部卒業。1971年、霧島酒造株式会社入社、販売課に配属。1996年より現職。

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