新春企画・フランス料理界の重鎮大いに語る

2000.01.17 196号 14面

今年は次世紀への新たなチャレンジを前に、飲食とは何かをもう一度考え直してみる年ではなかろうか。「人の心をいやす場である飲食店の役割は」「高齢化する社会が望むものは」。つきつめれば個々の飲食店では解決できない社会問題も派生するだろう。新しい世紀に向けさまざまな仕掛けを試みる(株)キハチアンドエス代表取締役の熊谷喜八氏とホテル西洋銀座取締役総料理長の鎌田昭男氏に、ともに歩むフランス料理界を軸として今後の取組みなどを語ってもらった。

◆鎌田昭男(かまた・あきお)=ホテル西洋銀座総料理長(東京都中央区銀座一‐一一‐二、03・3535・1111)

昭和18年茨城県生まれ。47年二九歳で渡欧、スイス、フランスの「ホテル・ド・パリ」「パクトル」「クロコディル」「ムーラン・ド・ムージャン」などで修業。六年後に帰国、「オー・シュヴァル・ブラン」の料理長を経て、61年「ホテル西洋銀座」総料理長、平成5年取締役総料理長となり現在に至る。著書多く、「フランスの地方料理」「四季の食卓」などのほか「太陽の国のプロヴァンス料理」などの訳書がある。

◆熊谷喜八(くまがい・きはち)=(株)キハチアンドエス代表取締役(東京都中央区銀座一‐一三‐三、03・3535・0344)

昭和21年東京生まれ。37年「銀座東急ホテル」を皮切りにセネガル・モロッコ日本大使館料理長、パリの「マキシム」、ジョエル・ロビュション率いる「ホテル・コンコルドラファイエット」などで修業。帰国後、「ラ・マーレ・ド・チャヤ」の総料理長を務め、62年(株)サザビーとの共同出資で(株)キハチアンドエスを設立。「レストランKIHACHI南青山店」「SERAN」をはじめ、念願の銀座に「KIHACHI銀座店」「KIHACHI CHINA」を開業、食の復合企業のトップを目指し着実に歩を進めている。5月までに五店舗がオープンする予定。

熊谷 ずいぶん前からフランス料理は低迷、イタリア料理は元気が良いと言われているが、ある意味で価格戦略的に失敗しての問題と思っている。コンセプトがしっかりし、ネームバリューがあり、値ごろ感があれば規模の大小を問わず出店の可能性大である。

われわれの主要なお客は二〇代後半から三〇代半ば。この層の月収は手取り二〇万円前後。家賃や毎日の食費、その他必要経費を差し引いたら小遣いは約三万円。これで彼女と豪華な食事となると一万円以上の高級店にはなかなか入らない。

フレンチの「キノシタ」、イタリアンの「ラ・ベットラ」は半年先まで予約でいっぱいという。料理が斬新かといえばそうではない。昔よくやった料理。ただ価格的に価値観がある。

鎌田 フランス料理はイタリア料理にない良いものをもっている。ただフランス料理はおしゃれに食べようとし、どうしても価格的に気軽に行けないところがある。

今の若い女性を見ると、髪を染め、高いブーツを履いて、これでイタリア料理店には行けるがフランス料理店には行けない。そうした意味で今後、価格的にバランスのとれたおしゃれな店をつくれば絶対大丈夫。奇をてらったものでなく普通の店でよい、そうした場を作るべきと思う。

熊谷 世界の先進国のレストランがはやるキーワードは「健康でおしゃれでカジュアル」といわれている。フランス料理を食べに行く人で腹が減ったから行こうという人はほとんどいない。女の子を口説くとか、接待など動機は深い。それに対し、店は相変わらずタキシードに蝶タイ、真っ白なテーブルクロスに食器をズラリと並べている。若い人がそういう場に行って、おしゃれに感じるかといえば必ずしもそうではない。

窮屈さを感じさせない店作り、価格戦略、それと名物が欲しい。イタリアンではピザ、パスタなどどんなお年寄りでも知っている。ところがフランス料理となるとイコール何かが頭に浮かばない。

私がキハチを作ったとき、白人が見た東洋の料理を作りたいと思った。フランス人が日本料理を思い描いたら、中国料理を思い描いたらどんな料理になるかが根底にあった。

鎌田 フランス料理もグローバルに考えていけば新しいものができると思う。ただ、枠をはみ出さないものをキチンと残しておかなくてはいけない。混とんとした中から進化していく可能性がある。

熊谷 日本はあと一〇年で六〇歳以上が三六〇〇万人になるという。昔と違って体に良いから食べるのではなく、いかにおいしく太らずに食べるかと時代の流れは変化している。

また、人をとりまく食環境も変化している。水の波動値を測定する器械が発売されているが、波動値がマイナスの水を飲み続けるとアトピーとか肝臓に良くないという結果が出ている。防御策として浄水器を使ったりしているが、これからは波動値の低いものは売れなくなる。

今取れたてのニンジンだろうが、波動値がマイナスであれば、いくら鮮度が高くても駄目。体に悪いというデータを出されたら売れなくなること間違いない。

レストとは心、体をいやすという意味。レストランも体によいものを吟味、見極めるのが仕事になってくる。健康で長生きが合い言葉の時代になり、これはお金で買えるようにすべきと思う。

熊谷 日本の貯蓄額は世界一。その七割は六〇歳以上という。二一世紀は、お金と暇のあるこの年代を考えなかったら商売は成り立たない(笑)。うちの事業の次のコンセプトに入っている。

また、最近の日本の人口層を分析すると、シングル化が進んでいる。当然外食が増えるが、同時にご飯とおかず一品を買う中食化も進む。

鎌田 主婦が外で働くようになり当然外食は進むが、もう一つテークアウト商品が相当進化していくと思う。

熊谷 よい食べものを少し買って帰るスタイルは増える。

鎌田 結構、当たり前のものを買って帰る。

熊谷 これからはやはり外食、中食。ただレストラン内に惣菜部門を設置すると、安全性に対する規制が厳しくいろいろ問題が出てくる。

熊谷 丸の内のようにかつての中心街が形骸化し、再開発が進められているが、オフィスだけでなく、もっとアフター5を楽しむ空間があってもよい。

今までは郊外へと目が向けられていたが、一日の生活時間が一番長いのが都心部。森ビルの社長とも話すチャンスがあったが、彼も同じ考え方だ。

鎌田 うちは都心部にあるホテルだが、通常のレストランが家賃を払っての経営にひき較べ、三分の一がお金を稼がない空間。レストラン経営を考えたら就業規則などを勘案すると相当模索しなくてはいけない。

ホテルは意外に泊まり客より外からの客が空間をエンジョイしている。そのためにも、そこに行けば何でもある空間、食の街をつくるべき。それには労働生産性の効率化、調理場の一体化が求められる。

熊谷 ホテルで一番大きな問題は、労働法の問題。うちも八四〇人の従業員がいるが、これくらいの規模になると法に則らなくてはいけなく、週休二日制と労働時間短縮など大変なボディーブローがきた。

鎌田 うちは外に出したレストランは街場と同じにした。ボーナスを含めた年収制。残業代はつかないが、休日出勤はつけ、出勤して利益が上がったものを全員に還元するシステムだ。

熊谷 そうすると目に見えないサービス労働があることに。

鎌田 それが利益としてみんなに還元される。

熊谷 現実八時間労働といっても一五時間は働いている。従業員はそれを良とし、その代わりにお金で返ってくるわけだ。

失業率は四・七%。今後、雇用状況は悪くなり、仕事にありつけばよいということになる。

国が何時間以上働かせてはいけないといっても、現実がそうでなくなったとき、そのギャップをどうするのかといいたい。

鎌田 工場での生産と違い、われわれの仕事は手で作る仕事。フランスでもレストランがやっていけなくなり、国の食文化がどうなるのかと旗を振っているという。

熊谷 物差しを一つで当てはめるからいろいろなゆがみが生じる。やっていても面白くない。税金のためにやっているようなもの(笑)。それなら一生懸命汗を流している従業員に払った方がいい。

今世紀の雇用状況は変わらざるを得ないのに、法的なものは変えないのが問題だ。

熊谷 うちは職人でなくてはできない仕事と事業体の仕事と二通りに分けている。

例えば東武でアイスクリームを売っているが、アルバイト四~五人で一日五〇~七〇万円売っている。街場のレストランでこれだけ売っている店が何軒あるか。月二〇〇〇万円となると職人がいてソムリエがいてとなる。両方でバランスをとらないと会社は存続しない。職人なんて趣味みたいなもの(笑)。

鎌田 職人なんて一日八時間働いて一人前になるのに何十年かかりますか。プロの料理人なんてほんの一部(笑)。

熊谷 ある程度の知識・技能があればクリアできるシステムを作ればよい。

鎌田 作る人が一人おり、あとは売ればよい。

熊谷 料理人というより調理人でよいという人が増えてくると思う。

鎌田 逆に料理人は増えない。補強しているのは、ほとんどアルバイトの女性。おばちゃんは包丁が使える(笑)。家庭の延長でいける。次世紀はおばちゃんパワーを生かせ(笑)。

熊谷 料理人の一日の作業分析をすると、料理人がいなくてはいけない仕事、調理補助でできる仕事、ABCのランクをつけると必ずしも一日張りつかなきゃいけないことはない。

(16面につづく)

熊谷 最近の食品の賞味期限が長くなっていくのが不思議と思う。コーヒーのクリームが常温で半年ももつと書いてあると気持ち悪くなる(笑)。

健康で長生きの時代に、半年もクリームがもつのは果たして体にいいのかどうか。グレープフルーツ、レモンなどかびることもない。波動値で測定する器械も発売されたし、自分たちで気をつけるほかない。

有機野菜、無農薬野菜は一〇〇%可能とは思わないが、明らかなのは、体に悪いとわかるものは食べないし売れない動きがますます強くなると思う。

鎌田 無農薬は難しいが有機は可能。また、バイオ、遺伝子組み換えなどいわれているが、人類が生きていく上で必要な部分であり、過渡期として通らねばならない道かも知れない。

熊谷 その他、環境汚染問題も考えなければならないところだが、ゴミは難しい。

うちは、包材とか魚、野菜すべていらないものを取り除き処理して入れる。出たゴミは業者に引き取ってもらう。酵素を入れた処理法もあるようだが、必要スペースがない。ホテルはゆったりとスペースをとっているが。

鎌田 うちは銀座のど真ん中、そんなものがあるはずない(笑)。やはり地域ぐるみで取り組まなければならない問題だ。

問題は山積しているが、今年は5月までに五店舗をオープンする。自分の健康の歯車が狂ったらおしまい。健康維持のためできるだけ食べないようにし、ガーデニング、宝塚、ゴルフでストレスを解消する。

私も健康が第一。一週間に一度は午前0時前に寝るよう心がけている。料理人は健康でなければおいしいものは作れない。やはり今世紀のキーワードは、健康で長生きになる。

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