榊真一郎のトレンドピックアップ:久し振りにさすがと膝を叩いた店

2003.06.02 269号 10面

赤坂の街角…というと長い間、ポッカリ大きな空き地があった。

ホテルニュージャパンの跡地だね。一九八二年に燃え落ちたワケだから、ほぼ二〇年間、ずっと赤坂には大きな空き地があった。東京の一等地、しかもバブルの時代にもその空間は埋まることなく空き地のままだった。

あまりの悲しい出来事を忘れないように…という何か大きなエネルギーがこの場所を開発から遠ざけたのかと思わせる程、その周辺がどんどん新しくなる中で唐突にポッカリ、穴が開いたように感じられていた。

…けれど、やっぱりとうとう新しいビルが出来た。

「プルーデンシャルタワー」。外資系生命保険会社のビルです。ボクも個人的にお世話になっている会社なんで、もしかしたらこのビルの柱一本分ぐらいはボクの保険料かなぁ、と思いつつ、それにしてもなかなかに未来的で都会的な空間が忘れ去られた空虚な空間に取って代わった。…感慨深いです。

再開発ビルのご多分に漏れず、このビルにも外食産業を中心とした商業施設があって、ここがなかなかに面白い。湾岸系の巨大ビルとは違って元々外食密集地帯である赤坂にあるから、いろんな店をあれもこれもというようなテナントミックスでなく、適度に抑制の効いたしかも時代の一寸先端的なとんがりも持った、程よいお洒落感が漂っている。…良いと思う。

何しろスターバックスが入ってない。その代わりにベヌーゴがある。…マクドナルドのプレタマンジェを本国イギリスでは徹底的に攻略している高品位系のサンドイッチ&グルメコーヒーの店である。…程よく良い。

イタリア人料理評論家が経営するソバ屋があったりもして、これはこの一店舗でまた面白いレポートが出来るほどに出来上がっていて、しかもサルバトーレのピッツェリアがあったり灘萬のジパングがあったり…、ともう本当に良く出来ている。そんな中でボクが一番気になっていて、また一番面白いと思うのがこの店だ。

フリッツ。創作系洋食で有名な旬香亭が経営するまったく新しい業態…というので、出来る前から気にはなっており、でも出来上がった店を実際に見ると呆気ないくらいに当たり前の専門店であったりした。

まずショルダーからして「洋食・とんかつ・エビフライ」であるんだから、どうしようかと思っちゃう。しかもロゴで表現すると文字で「洋食とんかつ」その下にエビフライのイラストを添え店名の「フリッツ」とくる。

フリッツ…、文字通り揚げ物という意味ですな。だからこの店はとんかつ屋の姿をしている。それも上野系とんかつ屋(果たしてそういう言葉があるかどうかは知らないけれどでも、日本でとんかつという料理がハイカラなご馳走と誰からも認められていた時代のとんかつ屋)の姿をしている。

一〇人ほど座れるカウンターがあり、その周りにテーブルが五卓程。カウンターの中ではキャベツを切り、盛り付けを行い、奥の厨房でとんかつが揚がる…という姿かたちだね。だから非常に落ち着く。

当然、洋食屋でもあるワケで、旬香亭ゆずりの炊き込みご飯を玉子で巻き込んだ「和風オムライス」や、最近流行のスペインピンチョス風のおつまみ料理が揃ったりする。とんかつという料理は「専門店」の料理なのかそれとも「洋食屋」の一品なのかという、いつもはまり込んで出てくることが出来なくなる疑問をあっさりかわして自然体で表現したような潔さが楽しくもある。…そんな店です。

とんかつ専門店でありながら洋食屋でもあるコトが自然に共存できる店の規模ってこんな程度なのかと、新しい発見があったりもする。洋食屋でもあるということは、そのまま「ビールやワインでも飲もうか」にもなり、こういったアルコールと一緒にたしなむ揚げ物…、というのはなかなかにオツでなかなかに旨いモノである、というコトも発見出来る。

夜は普通のとんかつとは別に串揚げの用意もあり、「おおっ、これこれ、これが大人の揚げ物の楽しみ方なんだよな」と思わせたりする。

…それにしてもです。分厚いワケでもなく、サクサクの衣であるわけでもなく、薄めでバリバリした感触のいわゆる昔ながらのとんかつ…というものの、美味しいこと美味しいこと。うーん、やっぱりいろんなとんかつが世の中にあり、それぞれにそれぞれの美味しさを持っているのだ…というそのコトがコノ店の一番の発見かも知れない。

赤坂に大人の新しい楽しみがあり…、ということになろうか、オラガハル!

((株)OGMコンサルティング常務取締役)

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