榊真一郎のトレンドピックアップ:長続きする店…しかも尖って!

2004.02.02 280号 7面

大体、五年ごとに住所録を変える。ここ一〇年ほどは電子手帳のような物を使っているので手帳の必要性はないようなものなのだけれど、もしものために紙メディアにもデータを残すようにしている。電子的なデータというのは必要なくなったらすぐ消せるというメリットがあるけど、逆に一度消してしまうと二度と思い出せない…。つまり過去が完全に消えてしまうという悲しい側面も持っている。便利がすなわち素晴らしいということでは必ずしもないワケ。それに比べると紙メディアの情報というのは一度書き込んでしまうとなくならない。

先日、一五年ほど前の手帳を開いて住所録を見直してみた。当時、ボクは二〇代後半で職業意識に目覚めたからか、それとも生来の食いしん坊気質に目覚めたからか、記入されたアドレスの優に半分以上はレストランの物だった。都合二百数十軒。その時の顔ぶれが面白くまた懐かしく、一つ一つ丁寧になぞって行くと、なんとこれまたその半分以上が今はなきレストランであったりした。…うーん、諸行無常の響きあり。

なくなってしまった一軒一軒を懐かしみながら思い出すと、そのまた約半分がその当時から、この店、今は面白いけど一〇年はもたないんだろうなぁ、という店だった。だからこそ、今いかなきゃという焦(あせ)りにも似た、焦(こが)れ感がアドレス帳を飾るに至った最大の理由だったのだろう。大体にして尖がったコンセプト、行き過ぎたインテリア、それに比べて至らぬQSC。だからつぶれて仕方ない代物だった。

しかし残りの半分近くは、まさかつぶれるはずはないと思っていた店だった。それぞれに独特なコンセプト、独特な商品で、今そのままやっても多分流行るだろうなと思わせる実力もあった。でもつぶれてしまったのは「商品コンセプトにこだわりすぎて…」というのがその理由のような気がした。

例えば、北イタリアの料理だけにかたくなにこだわった店、例えばステーキハウスなのだけれど、ひたすら和牛にこだわり、しかも和牛の産地、飼料、熟成度合いなどなど、気が狂ったような精度の高さで美味しいを追求していた店、であるとか。

往々にして商品コンセプトという物に忠実であろうとしすぎて潰れる、という店が非常に多いような気がした。

飲食店である以上、しかもいくつもある飲食店の中から一店舗をわざわざ選んでいただかなくてはならない飲食店として、商品コンセプトは重要であるのだけれど、それが往々にしてマニアックになりすぎ先鋭的で、そのために自ら対象とする市場を小さくしてしまう、ということがある。商品に対するこだわりにお客様がついてこない、ということ。つまり、ひとりよがりの店になってしまい、その結果、なくなってしまうということだね。悲しいけれど、こだわるということがいいことばかりではない、ということだろう。

時代の流れ、時代の変化にしたたかに生き残って行く店、というのは、この部分で時に大胆なほど柔軟な発想で対応して見せる。

例えば、恵比寿に「ぶた家」というレストランがある。豚肉を主に沖縄料理風に調理することで一世を風靡したダイニングレストラン風の居酒屋だ。一時、OGMの中でもブームになって、豚カツでもない、鍋でもない、中国料理風でもない何か新しい豚肉の売り方はないか? と一生懸命になっていた人達に大きな影響を与えた店でもある。

…で、この店が一時期なりを潜めていたかと思ったら、最近、再びブレークの兆しを見せている。連日、お客様で満杯。予約も取れない。結果いろんな雑誌媒体などにも取り上げられる。どうしてだろう?

メニューの中心に「ぶた鍋」が、どかっと居座っている。あれほど開店当初は鍋のような今まで一般的であった豚肉の食べ方を否定し、否定したことによってお客様を集めていたこの店が、あっさり鍋。

ボクはすごいと思った。彼らは自分たちの最初のかたくなをいつまでも守っていたら、小さなマーケットにとどまっていつかは自分で自分の首を絞めることになる、ということに気がついたんだね。それでもって、あえて、どこにでもあるような鍋をメーンに据えて、客層を広げた。

客層は広げたんだけれど、当初からあり、昔からのお客様からも評価を受けていた創作系の豚肉料理を全部捨てたか? というとそうでもなく、例えばラードご飯なんて伝説の商品はそのままに、結果、今のところ良いとこ取りの商品構成となって再スタートが切れている。

勉強になると思うね、こうした戦略。尖がった商品はいつかは終わりがやってくる。終わりがやってくる前に角を自ら取って、当たり前に美味しいという分野にまで自分たちを高めることができればなんとか生き残ることができる、ということです。

((株)OGMコンサルティング常務取締役)

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