料理の潮流トップシェフインタビュー:トレフミヤモト・オーナーシェフ宮本雅彦氏
フレンチシェフの若手集団「クラブミストラル」を発足してから10年。伝統と革新のはざまで、次世代フレンチを先導し続けてきた宮本雅彦シェフ。今やベテランの域に達し、フレンチ界をリードする立場となっている。フレンチの発展に先立ち、伝統や基本を軽視する現状に警鐘を鳴らす宮本シェフに、フレンチの展望を聞いた。
‐‐最近のフランス料理の現状をどう見ておられますか。
宮本 最近は日本に限らずフランスでも、ソースやフォン(だし)が軽視される傾向にあります。軽い料理、軽いソースの名の下にイタリア料理ともフランス料理とも似付かぬものがもてはやされていることには、フランス料理畑一筋の私にとっては、少々危機感を感じざるを得ません。ブームばかりを追いかけて基本をおろそかにしては本末転倒です。
フランス料理人として真摯(しんし)な気持ちで素材と向き合い、そこから聞こえてくるメッセージに耳を傾ければ、おのずから食材の声が聞こえてくるはずです。そのマリアージュや調理法といった答えが見出されてくると私は信じています。
フランス料理は重いので、次の日胃がもたれたという話をよく耳にします。それはフォンのアクをきちんと取ったり、ソースを何度もこすことで解消できます。つまり、基本に忠実に丁寧な仕事をやり続けること。これこそが本当においしいフランス料理を作る上での一番のコツなのです。
そしてもうひとつ大事なことは、お客さまとのライブ感を大切にするということです。つまり、もてなしの心でお客さまと接し、もっと身近にお客さまの心を感じ取ることなのです。今何がこのレストランに求められているか、自分らしい料理とは何か、この2つを常に考えるバランス感覚が大切だと思います。
‐‐将来的な展望は。
宮本 フランス料理に求められているものは何か。17年前ヴォナの三ツ星「ジョルジュ・ブラン」での修業中、シェフに三ツ星レストランとは何か、教えを請うたときのこと。
師いわく、二ツ星とは、アヴァンギャルド(前衛的)なことを常に念頭に置き、突き進んでいくもの。三ツ星とは、トラディッショナル(伝統的)とレジョナル(地方性)の部分を守りながらアヴァンギャルドなエッセンスを少しだけ加えたもの。言い換えれば、この3つのバランス感覚が大切だと教わりました。アヴァンギャルドとは時代性ともいえるでしょう。
フランス料理といえば、やはりソースの素晴らしさ。今のお客さまは、さまざまな料理のジャンル中で自由にチョイスする時代です。差別化という点でも、いまフランス料理人はソースを大切にするべき。そしてどこにもない一品を出してこそ、今の時代を乗り越えられると信じています。
また、今は美容と健康がカギ。食材の栄養成分や栽培方法といった安全性が大事になっています。これらのバランス感覚を保って初めて、お客さまにおいしい料理を提供できるのではないでしょうか。
‐‐新しい事業を始められたそうですが。
宮本 これからやりたいことは、一般の人たちにもっとフレンチを広めることです。
修業時代にフランスでお世話になったことをはじめ、今日私があるのはフレンチのおかげ。料理人として、この世界に何とかお返しをしたい。
3月8日、卵で縁のあったメーカーと共同で、名古屋松坂屋にクリームブリュレの専門店「オヴァール」をオープンしました。本物の味をぜひ皆さんに知ってほしい。同時に店の通販でやってきた惣菜を、デパ地下や専門店でも拡販していく計画です。
フレンチは、店でしか食べられない料理もありますが、テリーヌやリエットなどレトルトや冷凍で商品化できるものもある。
たとえば日本の国民で、実際に本格的なフレンチを食べたことのある人は、どれだけいるでしょう。1割もいないのでは? すべての人が店に来れるわけでもない。
フランスパンが全国どこにでもあるように、もっと身近にフレンチのエスプリを感じてもらえる商品があってもいいはず。それによってすそ野が広がって、さらに店に食べに行こうと思ってくれれば進歩です。
今まではクリスマスだからフレンチ(笑)。そうではなくて、フレンチとはどんなものか、少しでも知ってもらった上で、特別な日にフレンチに足を運んでもらえばと思っています。
◆プロフィル
みやもと・まさひこ=1961年福岡県飯塚市生まれ。82年神戸の「ドゥールドール」に入社。88年渡仏。91年の帰国までの3年間に 「ル・ルレ」「ミシェル・ゲラール」「ジョルジュ・ブラン」など三ツ星レストランで修業。93年東京・勝どきの「クラブNYX」のシェフとなる。96年オーナーシェフとして同・西麻布に「クリニャンクール」をオープン、2000年同・麻布に「トレフ ミヤモト」をオープン。2004年同・六本木に移転し現在に至る。著書に『香るフランス料理(シェフシリーズ)』『フードプロセッサーしてみませんか』など。
◆「トレフ ミヤモト」(東京都港区六本木7‐17‐20、明泉ビル1F、電話03・5772・7755)
◆シェフの愛用食材:オヴァール ルテイン卵
「ルテイン」とは、カロチノイドの一種で、目のビタミンとも呼ばれ、目の疲れを和らげ、抗酸化作用の働きが注目されている。この卵はカロチノイドを多く含むマリーゴールドを飼料に混ぜた有精卵で、ルテインが普通の卵の3倍もある。調理したときの発色も良く、卵料理の多いフランス料理に欠かせない。
((株)さかき山=愛知県刈谷市、電話0566・21・3256/http://www.ovale.jp)