食品企業におけるパーパス経営の先進事例:ロッテ・牛膓栄一前社長に聞く

菓子 インタビュー 2024.08.30 パーパス経営号 05面
株式会社ロッテ前社長 牛膓栄一氏

株式会社ロッテ前社長 牛膓栄一氏

左:前社長 牛膓栄一氏、右:現社長 中島英樹氏

左:前社長 牛膓栄一氏、右:現社長 中島英樹氏

ロッテ本社

ロッテ本社

◇株式会社ロッテ前社長 牛膓栄一氏

インタビュアー:新井ゆたか/加藤孝治
同席者:中島英樹(代表取締役社長執行役員)/佐藤利弘(常務執行役員)
インタビュー日:令和6年2月27日
インタビュー場所:株式会社ロッテ本社(東京都新宿区)
※社名・役職はインタビュー当時のものです。
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新井:1998年に御社が企業理念を明文化したのは、結構早いスタートなのではないかと思います。最初にそのきっかけや背景を教えて頂けますか。

牛膓前社長(以下、敬称略):ロッテというのは、他社と比べてユニークな会社です。競合の大手菓子メーカーは100年企業ですが、ロッテは創業者が韓国から日本に渡り早稲田高等工学校を卒業して、終戦以降いったん化学事業・石鹸事業を始めた後、1948年に株式会社ロッテを創業しチューインガムの製造を開始しました。他の菓子メーカーよりも後発で事業をスタートさせましたが、創業者は「誰からも愛されるもの」「今までにないもの」「美味しいもの」という3つを創業の精神とし、事業を行ってきました。人々から愛される会社にしたいという創業者の想いが会社の理念になりました。その後、1998年に「ユーザーオリエンテッド」「オリジナリティ」「クオリティ」という3つを企業理念として明文化し、現在はロッテバリューとして受け継いでいます。

我々の会社は創業者の存在感が強力だったため、従業員が指示待ちしてしまう文化がありました。その結果、言われたことをスピーディにこなすという意識を持った従業員が多くて、時代背景もあって急成長することができました。当時は「これを作ろう」「これを売っていこう」「これを並べてきなさい」「いい宣伝をかけなさい」「新しく良い商品を作りなさい」といった指示を、創業者が一人で出していました。でも、こんなことがいつまでも続くわけないですよね。そこでやはり自分自身で考えて成長する力を養わなくてはいけないと考え、その中でパーパスというものが入ってきました。

私が社長になった2018年に、製品を作る会社としての株式会社ロッテと、営業の会社であるロッテ商事、そしてロッテアイスという3つの会社が一つになり新たにスタートをしました。自分たちで行動して自分たちで会社を作っていくことが、この会社で長く働いてきた内部からのたたき上げ社長である自分の使命だと考えました。何でも自由に話し合える「自由闊達に話し合える環境」、それから失敗しても大丈夫だという「何事にも挑戦できる風土」、そしてもう一つは一人ひとりの個性を大事にする「個の力の発掘」という3つをメッセージとして示しました。一人ひとりの個性を大事にするというメッセージには、人には長所と短所があるけれど、短所があってもいい、それぞれの短所を認め長所を伸ばしていこう、という想いを込めています。パーパスですが、実は2020年に最初のパーパスを策定し掲げていました。

働く意味や存在意義を明確にする

加藤:2020年のパーパスを見ると、具体性が強いですね。

牛膓:そうなんです。最初のパーパスは、身近で具体的なことが挙げられています。我々役員クラスが中心となって作ったのですが、今の事業の延長線上になっていて、腹落ちできませんでした。若い世代も共感できる内容なのか、これでいいのかなと気になっていましたが、いったんその内容で進みました。その後、新型コロナが拡がり、私自身も考え方が変わっていきました。在宅勤務が浸透して多様な働き方ができるようになったと感じる一方で、従業員の間に寂しさとか孤独感が出てきて人と人のつながりが薄れてきているように感じたんです。パンデミックがあったり、環境問題もあったり、いろいろな話題とともに社会がすごく変わってきたじゃないですか。いろいろと世の中が変わってきた中で、従業員の意識もバラバラになってきているように感じました。

ここでもう一度、創業者が示した理念を受け継ぎつつ、我々がやろうとしていることに「挑戦するぞ」とか、「壁を取り払おう」「個々の力を活用していこう」という想いをパーパスと連動させたいと考えました。そこで、我々の働く意味や存在意義は何なのか、もう一回明確にしようよと訴えました。従業員が自ら考えて新しいイノベーションを作っていくという姿が失われないようにするためには、やはりパーパスを作り直そうということになり、今回は若い世代を中心にパーパスを考えてもらうことにしました。未来をイメージしながら「ロッテが将来世の中の役に立つことは何か」という視点で考えていくことで、新たなパーパスの策定に至りました。

こうしてできた新しいパーパスは、以前のパーパスとは全然違うものになりました。当社はお菓子やアイスを中心に提供していますが、食べ物を提供するというだけではなく、世の中の人の気持ちに訴えかけていける会社でありたいと考えています。コンフォートフード(注:安らぎや幸福感を与える食べ物)という言葉がありますが、お菓子とかアイスも、人を和ませたり落ち着かせたりコミュニケーションを取ったり、そういう力があると思います。この食の分野をメインにしながら、グループ全体としては野球の球団を持っていますし、韓国ではアミューズメントやホテル事業なども行っていて、いろいろなものがロッテというイメージのなかにあり、そこが他の企業にない強みだと思っているわけです。様々な顔を持つ企業であり、単なる食品メーカーではない魅力もあるということを土台として、パーパスの中に「独創的なアイデア」という言葉が入りました。これは創業当初の理念でいえばオリジナリティです。

「こころ動かす体験」というのは食べるということだけではなく、商品を買ったことで生まれるいろいろな気持ちのことを表しています。例えば、「母の日ガーナ」のプロジェクトは、ガーナミルクチョコレートの赤いパッケージの特徴を活かして、母の日のカーネーションとイメージを重ね合わせて考えた企画です。ガーナミルクチョコレートを通じて、「お母さん、ありがとう」というメッセージが伝えられると考えています。また、この企画が本社企画ではなく現場から生まれたことも私たちらしい取組みだと考えています。

加藤:創業者が事業を立ち上げたときに考えていた理念が、いろいろな経緯を経て、ミッションとかバリューへ広がり、さらに時代の変化に合わせて2023年のロッテパーパスという形にまとまってきたということですね。特に2020年のパーパスから2023年のパーパスへの変化はとても面白いです。2020年のパーパスは過去のミッションやバリューなどの理念的なものとの関係を見ると現場に近い内容になっていたのが、2023年のパーパスによって、概念的に上位に位置づけられました。パーパスの策定プロセスを通じて、みんなが意識を共有していったことがとても良かったと思います。

若い従業員の想いを活かす

新井:2023年のパーパスを策定する過程を見ると、社長が最初にキーワードを示すことで会社としての高みを目指す方向が明確に打ち出されています。また新たなパーパスは若い従業員を中心に策定されたということも興味深いです。最近ありがちな外部の方からの提案に基づいて作成されるパーパスではなく、社内の意見を取り入れていくことで本当にいいパーパスに昇華されたと思います。その作成過程について、もう少し教えて頂けますか。

牛膓:ターニングポイントはコロナ禍です。この時に従業員の価値観が変わっていると感じたのです。ミッションとパーパスの位置関係を考えると、ミッションとかバリューというのは、以前から決めてかなり落とし込んでいました。私たち経営層は50歳代から60歳代ですからロッテで働ける時間は少なくなっていますが、若い従業員たちはこの会社であと30年から40年は働くこととなります。若い従業員と話しをしていると、自分たちが経済活動を豊かにしていくということの喜びよりも、何か人のためになりたいというような価値観に変わってきたと感じます。その想いを活かすことができれば、イノベーションにつながると思います。

ロッテはお菓子の世界では後発メーカーでしたから、新しいものを作り続けないといけなかったのです。会社が成長したとしても、我々はイノベーションに対する想いをもっと根付かせていかなくてはいけません。そのためにパーパスを理念の上に持っていくことにしました。「何のために我々は仕事をしているのか、我々がやっていることは、世の中につながっていく」と感じることですね。そうした想いがミッションとしてつながっていく、と整理していくと、パーパスがあるから理念があってバリューがあるんだ、というように納得感が出てくるようになりました。

佐藤常務執行役員(以下、敬称略):パーパス策定のプロジェクトには海外の従業員は入っていないのですが、生産、営業、中央研究所、工場、管理部門など様々な部門の20代~40代の従業員18名で構成しました。メンバーには「自分たちが考える10年後のロッテは、どうあるべきか?」みたいなテーマで、今思っていることを出し合ってもらいました。進め方としては、最初は全員で集まって意見交換をしたのですが、そのあとは2つか3つくらいのグループに分けてディスカッションし、深堀していきました。期間としては3~4ヶ月で集中的に実施しました。メンバーの意見を聞いた後、社長インタビューも加えていきました。

牛膓:メンバーからは自由闊達な様々な意見が出てきました。その意見を聞いているとあらためて自分自身も納得感を得られるものを作りたいという想いが強まっていきました。

加藤:社内のメンバーから内発的に出てくる声を活かしていくというプロセスは、とても興味深いです。各世代のいろいろなセクションの方々が3ヶ月間走ってくれたということですね。こうした経緯を経て、独自性のあるものができあがってきたということですね。

牛膓:若い従業員たちが作ったパーパスを聞いてみたら本当にいいものだったんです。我々の考えるバリューがパーパスにうまく組み込まれていたんです。ここがやはりオリジナルで作ったところのいい面ですね。これまでの企業活動の中で「母の日ガーナ」のプロジェクトとか、キシリトールのむし歯予防の取組みなど具体的な体験が新しいパーパスからイメージできたんです。私たちがイノベーションを起こしてきた体験から得られたものがうまく入っていました。また、お菓子というものが人の心をつなぐという、我々の創業の時からの想いも盛り込まれていました。お菓子やアイスをお届けすることで得てきた体験を大事にしながら、未来に向けて何か新しい価値を提供できないかという想いが表現されていて、とても良くまとまっているなと思いました。

パーパスをわかりやすいもので示す

新井:御社のパーパスと一緒に書かれているロゴマークの意味を教えてください。

佐藤:ロッテは後発だったので独創的なアイデアが重要であり、差別化された商品をどんどん作って成長してきました。オリジナリティが一番象徴的だと思い、輝く「星」が全体の骨格を占めるように表現しました。また、心を動かす体験を「波形の波動」で表し、人と人をつなぐというところを「笑顔」のイメージで示しています。人が手をつないでいるようにも見えるし、笑っているようにも見えると思います。そしてしあわせな未来を「ハート」で表し、一番下で支えるようなイメージになっています。

新井:パーパスをロゴマークにするという発想が面白いです。これを見れば、御社の従業員が、今の自分の考えていることがパーパスのロゴマークとつながり、見た瞬間に自分の会社の向かう方向は何かというのが、常に思い返すことができる状況になっていますね。

佐藤:今はパーパスとロゴマークを掲載したポスターを社内に掲示し、社内向けに発信しています。コロナ禍で従業員たちが、自分がどこに所属しているのかわからないという思いを持つようになったと感じていました。例えば営業部門などはお菓子の販売を通じて、自分の仕事を理解できるのでわかりやすいのですが、管理部門などの場合、何のために仕事をしているのかわかりにくいと感じることもあると思います。そこで、自分たちの存在意義を把握できるようにする必要があると考えました。北極星に向かう時、登るルート次第で見ている向きは違っていても、見ているものは一緒だということです。私たちは働いている場所は違うけど、同じ方向を向いてやっていきましょうという、その向かう先をパーパスで示しているのです。

新井:パーパスをわかりやすいもので示す、これは重要なことですね。これまで、私もいろいろな工場を視察に行きましたが、食品のモノづくりの現場が、必ずしもワクワクする現場になっているとも限りませんよね。働いている方々は、エアキャップを被って、手を洗い、トイレに行く時の出入りも大変だというような環境で働いている。特に国際化していろいろな現場でいろいろな方々が働くようになっていますし、衛生管理や安全管理を意識しながら、毎日何時間も同じラインを見ている人がたくさんいますよね。そういう環境の中で作られたものが、どのように社会貢献するかを見てもらうことで、その人のモチベーションにつながり、作業を支えることになると思います。外資系の工場を見に行くと、本当にいろいろな場所にパーパスが掲示されています。

働く人たちは、その言葉を見ながら働きます。まるで、五箇条の御誓文みたいな形でいたるところに貼ってあるのです。逆に言えば、そのような形をとって国内の工場も海外の工場もみんなの気持ちを一つにしていかないと、モチベーションが保てない現場になるということだろうと思います。御社のように、今では日本国民の誰もが知っているブランドの会社にもかかわらず、皆さんが後発メーカーだからということを仰っている。そのモチベーションというか、貪欲さが会社を引っ張っているのではないでしょうか。

御社のブランドは、私も子どもの時から知っていました。すでに完成されたロッテという強力なブランドの会社だというのに、皆さんが貪欲さを持ち続けているということですね。そのようなモチベーションが、さきほどお話を伺った20代、30代、40代の若手の方にもつながってるということがすごいと思います。貪欲さがイノベーションにつながっていくというところであり、その意識が維持されているということであり、会社の中で再生産されていくということのすごさというのがあって、そのため、短い期間にパーパスをここまで結実させることができたということだと思います。もともと御社の中にあるものが土台になっていることに感銘を受けました。

加藤:御社の場合、パワフルな創業者がいて、時代の変化とともに従業員にとって創業者および創業家との距離感が大きく変わっていると思います。そういう状況の中で、今回パーパスを作成するにあたり、創業者の想いを第二世代・第三世代へどのようにつなぐか、社内の受け止め方はどのような感じでしょうか。今回のパーパスにどうつながったと考えられますか。

牛膓:現会長とよく相談しながら進めてはいますが、基本的な線が同じ方向に向かっているということであれば我々に任せてもらえています。今回のパーパスを作る際にも我々が作成したものに対し、会長から変えなさいと言われたことはありません。会長は私たちと会社の成長をともにしていますし、同じ方向を向いていると思います。私たちのような今の経営陣が入社した40年前は、国内で5番手の菓子メーカーでしたし、我々は自分の会社を安定した会社だと思っているわけではありません。未上場ですし、もっと頑張らないとダメだという思いは常にあります。こういう考え方を今の20代の従業員にもつなげていかないといけないと思います。

まだまだイノベーションできる余地はあります。イノベーションを通じて、世の中のためになるということに意識を向けていかないといけない。昔は自社の利益を上げること、成長を目指すことに向いてばかりいましたけど、今の時代は従業員の価値観が変わっていますから、売上を上げることだけではない方向に向けていかないといけない。この思いが新たなパーパスに反映されているのです。

加藤:御社にとって、これまでにいろいろな出来事があった結果、従業員の求心力に変化があったということでしょうか。過去には、創業者の指示待ちの社風があったということでしたが、いろいろな出来事があった時というのは、創業者に対する想いが離れていく方向にあったのを、理念やパーパスを共有することで、会社に対して新しい求心力が生まれてきたと考えたらいいでしょうか。

牛膓:そのように考えることもできるかもしれません。今は会長が、現場の従業員に指示をしたりすることはありません。我々経営陣は会長に定期的に報告していますが、お互いの意見を尊重しながら話し合いを進めています。若手にはロッテが長年培ってきた大事な考え方「ロッテイズム」は残していかないといけない。「どうしてこの会社が急成長できたのか」「今、足りないものは何か」「もっとできるでしょう」という創業者の想いを、今ロッテで働いている従業員に伝えるためにパーパスが必要なのだと思います。我々が入社したころは、「売り上げを取るまで帰ってくるな」なんて言われて、夜遅くまで会社に帰って来られないこともありました。そういう「昭和」の営業でしたが、今や時代が全く違います。

また会社全体のポートフォリオも変わり、様々な事業があります。会長はグローバル感覚で経営をしていますが、創業の精神をすごく大事にしています。創業者の想いが継承されていて、我々も安心して仕事ができているという状態です。昔は創業者が言うからやるしかないという部分はありました。それは昭和のロッテの意識ですよ。

新井:ただ、その創業者の発想が当たって、ここまで成長したということはありますよね。

牛膓:「面白い、やってみよう」というチャレンジ精神や勢いがあり、強いリーダーシップがありました。

何でも話し合える環境がイノベーションを生む

加藤:今の経営陣や若手の方々が想いをぶつけ合い、パーパス経営を推進していこうとされているのは、社会的にDEI(Diversity Equity&Inclusion、多様性・公平性・包括性)として取り上げられるものと近いイメージがあるように思います。御社としてはどのように意識していらっしゃいますか。

牛膓:DEIについては、かなり以前から意識していました。当社には、かねてから多様な人が働いており、いろいろな意見を持っています。イノベーションを進めるためには、それぞれの個性を大事にして、何でも話し合える環境を作り様々なアイデアとか価値観を組み合わせないといけません。DEIを推進し、いろいろな人が自由闊達に意見を言い合える状態にすることで、パーパスを実現できるようなイノベーションが生まれると考えたのです。広い範囲で様々な意見を聞いて、いろいろなものを取り入れていかなければ、会社は成長しません。時代の価値観の変化は会社が追い付けないくらいすごく速いものです。

価値観の変化に追いつくためには、さきほど挙げた「母の日ガーナ」の成功ではないですが、小さなことでもいいのでいろいろな人の様々な行動、意見を経営の中に取り入れて、やってみて広げる。この繰り返しだと思います。失敗したらまた挑戦していくことで、次のアクションに結びついていきます。だからDEIを推進するべきだと考えています。多様な価値観とか感覚を大事にし、DEIを推進していきます。

加藤:女性活躍に対する取組みは、社会全体の動きよりも少し先んじた感じになっていますよね。お菓子関係の商品を取り扱うにあたり、女性の意見を幅広く取り入れるということはプラスに働きますか。

牛膓:そうですね。女性の管理職比率をどのように高めるかなど、いろいろと進めている状況です。マーケティング部門や、研究部門には女性が多いですが、これは業界他社と同程度だと思います。お菓子とかアイスという商品は、女性に限らず幅広い方々の意見を取り入れないといけないと思います。生活に密着している消費財のメーカーは、どこも同じような意識を持っているのではないでしょうか。DEIについていえば、社内環境と関係があると思います。わが社では、社長も含めて役職で呼ぶことをやめています。また、服装も自由化しています。私も普段はネクタイもしていないです。チノパン・ポロシャツで出勤することで、フラットな関係が生まれやすいと思います。それがDEIを推進するためのベースではないでしょうか。多様性がないと会社は良くならないと思いますし、やはり若い人を中心に動かしていけるようにならないといけない。

●全体の3割を占めるとメジャーになる

新井:女性活躍については、業界で働く女性の母数を多くすれば自ずと変わってくると思います。およそ3割を占めるようになると、その人たちをマイノリティに扱うと組織が保てなくなるので、メジャーの意見として取り込むようになる。3割の法則で転換が起きるのです。そして、その人たちがマネージャークラスくらいになってくると、その人たちを標準にするように自ずと世の中が変わっていく。わかりやすい例でいえば、今や旅客機の機内食はハラル対応が標準になっています。ハラルの人口が世界の3分の1ぐらいになると、みんながハラルを好きなわけでもないけど最初のナッツはハラルの商品を出さないといけない、と航空会社としてもなるわけです。

女性活躍も同じで、女性だから、というのではなくて、人間の多様性を評価して昇進させるようになります。逆に女性でも昇進できない人が出てくることもあるでしょう。今は女性が点的にしかいないので、頑張って引き上げましょうというような話が出ますが、もう10数年すると、世の中が自ずと女性を特別視しなくなると思います。企業で働き活躍している女性の方々に私が言っているのは、みんなでそれまで働き続けてくださいということです。働く女性の母数をどこまで持っていけるかです。母数が増えれば結婚している人としていない人、お子さんがいる人といない人など、女性の中にもいろいろなパターンが出てきます。

そのような社会変化に向けて、いろいろな制度があって、それぞれ対応できるようになっていくと、特に食品の場合は選ぶ人も女性の方がマジョリティだろうと思われますので、作る側のイノベーションも大きく変わっていくのではないかと思います。

牛膓:女性が変わってくると、男性も変わっていくということになるのでしょうね。今は女性の管理職候補者もかなり増えてきています。

新井:女性の場合、一旦会社から離れるとリセットすることになりがちですが、リセットせずに働き続けてもらう必要があります。そうすれば、自ずと世の中が変わってくるのではないかと考えています。女性だからということで特別視して、効果検証することはやめてくださいという感じに徐々になっています。ダイバーシティに対する研修についても、性別以外の要素も混ぜて実施することが重要です。育児休業も、今の世代は男性女性混ぜて考えましょうという感じです。そのような会社の姿勢を評価する、と宣言している人も増えています。そういう社会の転換期として、会社が変わらざるを得ないと思います。そういう点で今日は非常にいいお話を聞くことができました。

あと一つ、2022年にお作りになった社内公募による新規事業開発制度(ミライノベーションプロジェクト)のことを教えてください。

牛膓:そうですね。新しい事業を社内で生み出していきたいというのも当然あるのですが、従業員にまず経験してもらう必要があると考えています。我々の基本的な考え方の中に自由闊達とか挑戦するとか、オリジナリティとかがあるのですが、この意識を育成するための一つの糧としてとても面白い取組みになっています。

加藤:会社のパーパスを従業員一人一人の取組みにつなげていく活動の一つと考えてよいでしょうか。

佐藤:そのように考えています。また今後は従業員がパーパスを自分事として捉え、行動を変えていってもらえるように部門パーパスを策定していきます。急にマイパーパスに行くのではなくて、先に営業部門とか生産部門とかのように、部門パーパスとしてブレイクダウンをすることにしたんです。部門の部長とか課長クラスで何回かワークショップを行い、部門パーパスへ落とし込みをしている最中です。例えば営業部門であれば、2024年度の方針目標をどうするかということを考えるときに、営業部門のパーパスを折り混ぜて考えてもらうようにしていきます。

加藤:部門パーパスだと、より実践的なものになってしまわないでしょうか。

佐藤:大きな方向性を示す会社のパーパスの考え方をベースにしたうえで、例えば営業であればその中で何を自分たちの部門の存在意義にできるか、という考え方で進めていきます。

新井:営業の独創的なアイデアとか消費者の心を動かすためにどういうことができるかということですね。

牛膓:そのあたりをうまくコントロールしながら、あまり小さいところにいかないようにしていきます。

加藤:中期経営計画などを立てようとすると定量化が求められるわけですが、今示しているパーパスは定量化が難しいけど、それをうまく部門パーパスに入れたうえで、次年度の目標作成につなげていくという試みですね。

牛膓:部門が目指すべき目標を、部門パーパスとして作成していきます。

パーパスは数字で示さない

加藤:この時点では数字に落としていかないということですね。

牛膓:数字で示す目標というのはそれぞれ出てきますから。パーパスは数字で示せるものではないですよね。

新井:日本企業の従業員たちは、すごく真面目なので、パーパスを作ったら数字と連携させた形で作ろうと考えてしまいます。しかし、そちらにはもっていかないという風に言い切っていただかないと従業員は動けなくなってしまいかねない。そこが日本でやるパーパスの大きな失敗につながっています。経営陣が思っていることを、従業員が理解できず、何をやっていいのかと真面目に考えると、行動目標が数字目標になりがちです。現場に行くほど、そうなります。それをあえてしなくてよいと、経営陣に言っていただかないと、従業員はそちらに流れると思います。長期的な将来の営業計画を作るということと同じだと捉えてしまうということですね。

牛膓:そういう形で捉えられないようにしなければいけませんね。

新井:従業員がそう捉えてしまったら、元の木阿弥です。北極星が地面に落ちて、その辺にある石ころみたいなものになってしまうとでも言いましょうか。

牛膓:よく分かります。そうなりがちですよね。新井長官のお話は、大事なアドバイスとして、それを踏まえてこれから組み立てていきます。

新井:会社のパーパスと個人のパーパスの重なりという感じで言うと、重なりが2割から3割ぐらいというのがいいと思います。ぼんやり重なっているぐらいがよくて、日本の真面目な企業はきっちりと合わせていきがちなのかなと思います。

牛膓:気をつけて進めないといけないですね。最近の取組みとして、様々な部門の従業員が参加して小学校への出張授業を行っていますが、その時の小学生の反応から我々への期待を感じることができます。我々が作っているものは、子どもたちにこんなに喜んでもらえているんだという感じですね。パーパスで示されていることは、我々がやっている仕事と合っているんだというイメージができるということです。ロッテに対して皆さんがいろいろな期待をしてくれているということを感じます。

加藤:お菓子を嗜好品として捉えると糖分の取り過ぎとかによる健康面でのマイナスの影響が出てくる可能性もあります。その一方で、御社はキシリトールや噛むことに着目して健康のために役立つこと、社会貢献をしているというイメージも出しています。ほかにはいかがでしょうか。

牛膓:先ほども小学生の反応についてお話ししましたが、「ロッテイノベーションチャレンジ」という出張授業を行っています。そこでお菓子は心に対する栄養だという話しもしますが、私たちの会社が目指している「イノベーションの連続」ということを題材に、独創的なアイデアが必要であることを話しています。キシリトールを使って歯を丈夫で健康に保つ「キシリトールガム」を作ったり、チョコレートをプレッツェルの中に入れて手が汚れないお菓子として「トッポ」を作ったことなどを説明し、何かと何かを掛け合わせて新しいものを作ることができるんだという話をしています。既にあるものを掛け合わせることの重要性ですね。

最大のものが「クーリッシュ」というアイスですね。アイスとペットボトルを組み合わせるというアイデアからクーリッシュは出来上がっています。このように、我々は何かと何かを掛け合わせること、すなわちイノベーションの連続で成長してきたのです。こういう掛け合わせの話を小学校の5、6年生にして、アイデアを発想してもらうという授業をしています。「何かと何かを掛け合わせていくことで、新しいものを生み出せるチャンスがある」という教育です。子どもたちはものすごく一生懸命考えます。答えが出てこなくても、考えることは非常に大事だと思います。

イノベーションチャレンジというやり方で、新たなストーリーを作っていこうという教育の題材にしています。ゼロから1を作るわけじゃなくて、いろいろな素材をうまく掛け合わせていくことの面白さです。この時、ロッテの商品のような身近なものはイメージしやすいんです。例えばロッテの商品だったらこんなものができるんじゃないか、という感じですね。面白かったのは、消しゴムとグミを混ぜたら何かできるのではないか、なんてことをアイデアとして考えてくれたりするんです。

新井:確かに、紹介記事の中でイノベーションチャレンジは「未来のおかし開発室」と書いてますね。

牛膓:そうなんです。小学校に行って、ロッテの宣伝をするわけではないのです。

新井:なるほど。この取組みの奥深いところですね。従業員のモチベーションにつながっているというのは、取組みの意義としてとても興味深いです。最後に、食を通じた教育の取組みの話をお聞きできてよかったです。ありがとうございました。

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