実録私がチェーンを辞めたワケ、退職者に聞く問題点
三年で新入社員の半分以上が辞める、それも自分の意志を持った優秀な人から。一〇年勤務の中途採用社員は給料が高すぎるとリストラの対象。失業率が史上最悪の昨今、どの業界でもありがちな話に聞こえるが、実はこれが外食産業の最大手のひとつ、すかいらーくの実態である。本業よりも不動産や新規事業の損失で今期一六二億円もの赤字決算を出したすかいらーくの数字より深刻な内部の抱える問題点とチェーンストア理論の関連性について考えてみたい。
JR三鷹駅北口から徒歩約一〇分、井の頭通りに面したスカイラークガーデン三鷹北店で、数年前にすかいらーくを退職した糸山康雄氏(仮名)に話を伺った。奇しくも店の隣は、糸山さんが一〇年近くも勤務したすかいらーくの本社ビルである。
今からちょうど十数年前、糸山さんは成長著しい外食産業にひかれ、FRのリーディング企業すかいらーくに正社員として入社した。同期は約二〇人、今も残っているのはわずかに約三人という。糸山さんは自分が好きで入社した業種だけに人一倍頑張って働き、入社間もなく月商四〇〇〇万円というすかいらーくでも屈指の大型店の副店長となり、続けざまに月商二〇〇〇万円の標準店の店長となった。
順風満帆、店長には20代で
その後も隣接した小型店の店長も兼任するなど、二〇代の後半で五〇〇万円近い年収を取り、だれが見ても順風満帆だった糸山さんがどうして会社を辞めたのか、退社から二年が経過した今、当時を振り返って話してくれた。
「ご存じの通りすかいらーくはバブル崩壊後、売上げの低迷していたファミリーレストラン業界にガストという低価格路線の業態を登場させました。ガストはFR業界の価格破壊の旗手として客単価を三割下げ、客数を二倍にし、売上げを五割近くも伸ばして、業界内外でガスト現象という流行語ができるほど注目された時期もありました。しかしながら、低価格を打ち出すための人員削減とセルフサービスの導入により、レストラン本来のサービスやごちそう感といったものを削ぎ落として行ったためにそれまで最も大事だったお客さまの層が去って行き、FF感覚の若い世代が徐々に主流になって、一時期かなり売り場が荒れました。結果的に安かろう悪かろう的なイメージが広がり、ガスト現象も長続きはしなかったのです。そこでFRが日本に上陸した当時の基本に戻って、高級レストランの料理やサービスや雰囲気を少しカジュアルに、価格はリーズナブルにというコンセプトで、すかいらーくのアッパーバージョン、スカイラークガーデンやグリルといった業態を出したのです」
やる気満々で海外研修にも
優秀な糸山さんはガーデンのスタッフに選ばれ、着任の前にアメリカ西海岸にガストやガーデンのモデルとなったレストランを視察する海外研修にも参加。やる気満々で新業態スカイラークガーデンの最初のスタッフの一人となった。
「もしガストに配属されていたらとっくの昔に辞めていたと思います」
実際、当初の設定ではあるが、ガーデンの客単価一二八〇円人時売上げ四三〇〇円に対し、ガストは客単価八三〇円人時売上げ七〇〇〇円だったという。ガストに配属されたスタッフは、ガスト現象だ、価格破壊の最先鋒だ、という内外のムード高揚のもと、過酷な労働条件でロボットのように働いていたという。
顧客最優先主義という企業の表向きの建前理念により、オペレーションするスタッフに対して人を人と思わないチェーンストア理論を押し付けられ、優秀な人はもっとまともな職場を求めて辞めて行き、言われた時間言われたことだけやってりゃいいやというサラリーマンと、早く現場を離れて本部スタッフになることだけが生きがいで、目が部下や現場の問題点でなく上司にしか向いていない人たちだけが残ったという。
もともと、渥美さんのチェーンストア用語では、リーダーシップとは権威のことで、その人自身の人格や部下に対する思いやりといったものは関係ないし、チームワークとは与えられた仕事を独力で一〇〇%こなすことらしいので、そういう意味では残った人は優秀なチェーンストアマンといえるに違いない。ぜひこれからも何の疑問も持たずに社会に貢献して欲しいものだ。
ところが、そのうちガーデンも当初目指していた平均客単価の一二八〇円が一〇三〇円に落ち、ついには一〇〇〇円を切り、すかいらーくと変わらなくなってしまった。売上げ不振の原因を一〇〇〇円を超える客単価と本部も現場も判断し、メニューや価格の改変をしたからだろう。結果として、すかいらーくはガーデン、グリルなど店名こそ違うが同じ価格帯の同じ業態になった。
そうなればコストダウンのために人件費を削減する以外に、利益確保の方法はない。当然のようにガストのオペレーションシステムに限りなく近づき、人時生産性も同様となってくる。
上司に相談もはぐらかされ
「現場で汗水垂らして働くことは決してつらくはありませんでした。でもお客さまが店のドアを空ける瞬間のワクワク感、召し上がっている間の楽しさ、お帰りになる際の満足感がなくなったらガーデンではないのです。ホールスタッフはお客さまとの人対人の究極のコミュニケーションサービスについてやりあったり、キッチンスタッフはどうしたらもっとソースがおいしくなるかみたいなことをいつも面白おかしく考えている。もちろん商売ですから儲けるためにそれなりの代金はいただいても内容に比べて安かったなと思っていただけるような店を目指してやってきたのが、どんどんと違う方向になっていくのがつらかったのです。そんな話を会議の帰りや来店時に、同僚の店長や上司の地区担当SVにしようと思っても、いつもたばこをプカプカふかしながら、競馬・パチンコ・車の話だけ。みんなで一緒に何かをするということがないので、自分一人でできて仲間との話題には困らないように行動と趣味を一定化させるという、まるでチェーンストア理論の休憩時間マニュアルを順守しているような気味の悪さとばかばかしさに、つくづく嫌気がさしました」
仕事が好きで、料理が好きで、人と接することが好きな糸山さんのように純粋で、自分の意見を持った人はチェーンストアでは店長以上には基本的にならない。本部が個性や異見を持った人をスタッフとして起用したがらないのと、優秀で実務も理論も分かった人ほど本部の犬になりたがらないからである。
以前はどのチェーンにも野武士のような名物店長が少なからずいたものだが、最近は創業社長のように個性ある経営者が減ったことや、景気の低迷で優秀な人でも再就職が難しくなったことなどもあり、野武士たちはおとなしくなったという。その代わりに、世間から隔離されて会社に洗脳されていることに気づかない給料の安い若い店長がどんどん増えた。
糸山さんも会社の成長期に店を支えた高卒や中途採用の店長たちがペーパー試験に慣れていないために大卒に抜かれ、四〇歳を過ぎたら店舗のメンテナンスやリネンの専門会社に出向転籍となる姿を見て、再就職が可能な三〇歳前に退職を決意したという。
もう一度外食の仕事したい
現在父親のからだの具合が悪いため、全く畑違いの家業の手伝いをしている糸山さんに、今後の希望について伺った。
「仕事が嫌で辞めたのではないので、将来的にはやはり外食産業で生きていきたいですね。先に辞めた先輩たちはすかいらーくのシステムでしか生きていけないすかいらーくばかといわれ、次の職場でも苦労をしていますが、私は大手でなく完成されていない中小の企業で、真のお客さま第一主義と社員第一主義を実践する新しいシステムを作る仕事がしたいです」
すかいらーくは一年ほど前に、現場の店長に権限を持たせる意味で店舗からの提案書を設けたり、年齢や勤務年数にかかわらず実績によって年収が大きく異なる(五五〇万円~九〇〇万円ぐらい)人事制度を導入したりして、それ相応の企業努力は続けている。しかしながら、せっかくのシステムも、それを採用したり評価したりする本部に対する現場の信頼がなければ成り立たないことを経営陣が自覚しなければ、真の優良企業とはいえない。
ストコン信仰の落とし穴
糸山さんに話を伺った二時間の間、併せてスカイラークガーデン三鷹北店のオペレーションも観察したが、チェーンストアだから本部の隣の店でも質は変わらないとでもいうかのように、アイドルタイムにもかかわらず隣のテーブルはお客さまが帰ってから二〇分以上もバッシングがされなかったり、遅れて合流した取材スタッフがテーブルに着いてこちらから呼ぶまで三〇分間お冷やすら持ってこなかったりと、悪気はないと思うが緊張感もない。こんな店でも、お客さまは今回改装でベーカリーレストランの機能を取り入れたからということで本当に喜んでいるのだろうか。
「ストコン一台有れば、だれにでもできるのがすかいらーくのシステム。だからストコンなしでは何もできないすかいらーくばかといわれる」と糸山さんは言っていたが、果たしてそうだろうか。ストアコントローラー通りにやっていれば正しいオペレーションと思っている現場と本部の認識の方が、もっとばかなのではないだろうか。
インタビューの中で、以前総務部長が一七億円の横領で捕まったとか、人事カウンセリングは人事企画担当に直結している情報収集機関とかの暴露本にもあったような内容の話もあったが、実際に糸山さんが見たわけでもないと思うので割愛したい。
いずれにしてもチェーンストア理論がすべて悪いのではない。今後科学的・合理的なシステムやマニュアルをますますブラッシュアップして行くと同時に、人間的魅力あふれる次期リーダーの育成と現場の店長に対する人間味あふれるフォローを経営者が真剣に行えば、飲食業は相変わらず離職率の高い、人材のいない業界という世間からの評価も徐々に変わってくるであろう。その時こそ飲食業が名実ともに外食産業と呼ばれるときなのかもしれない。
糸山さんの取材の帰り、同行したスタッフと寄った代々木駅近くの居酒屋で、久々にそんなチェーンストアの話を肴に遅くまで盛り上がった。