東南アジア、切り札は「日本食」 コロナ復興へ模索続く
新型コロナウイルスの感染拡大に歯止めをかけ、制御下に置いているタイやベトナム、シンガポールなどの東南アジアで「日本食」を切り札とした復興への模索が続いている。これらの国々では国内での新たな感染はほぼなくなったものの、外国人旅行客の受け入れ再開が進んでいないことから、観光や外食を中心になお深刻なダメージが続いている。そこで注目を集めているのが日本食に照準を合わせた国内需要の喚起だ。そこには健康的で美容にも良いというイメージが大きく貢献している。
緑茶や日本食材のほか日本食事業をタイで展開しているのが地場資本のオイシグループ。日本食が大好きなタイ人創業者によって設立された新興企業だ。日本語に語源を採った「ホウユウ」「シャブシ」「オヨキ」などの自社ブランドで、寿司や刺し身、しゃぶしゃぶといった日本食をバンコクほかタイ一円で提供している。
世界中で猛威を振るう新型コロナがタイで広がったのは3月下旬から4月下旬にかけて。この間、グループの店も政府の指示によって閉鎖され、大きな損害を被った。5月半ばには感染も収まり、以後ウイルスの検出は海外からのタイ人帰国者や外国人入国者だけにほぼ限定されたものの、自宅での巣ごもりや宅配の便利さに慣れてしまったタイ人一般客の回復は鈍い。
そこで攻めの姿勢に転じようと決断したのが、新たな日本食ブランド「サカエ(栄)」の立ち上げだった。9月、バンコク中心部にある商業施設「ザ・パーク」内に高級日本食料理店としてオープン。牛しゃぶしゃぶなどを提供している。仏教宗派の関係から牛肉を食べないタイ人が少なからず存在するが、「この店の牛肉は他店とは違っておいしくて安い」と連日盛況だ。
日本から海外市場に挑む動きもある。飼料の生産から牧畜、商品化、外食経営までを一貫経営するカミチクグループ(鹿児島市)。9月、ベトナムのハノイに「特撰黒毛和牛専門店うしのくら」をオープン。所得の向上したベトナム人客に人気だ。環太平洋経済連携協定(TPP)による関税撤廃が追い風にもなったが、根底には日本食に対する信頼がある。現地の日系飲食店も「少なくなった外食需要を見事につかんだ」と舌を巻く。将来はベトナムでの地産地消も視野に入れる。
一方、新型コロナ対策として4月から6月にかけてレストラン内での飲食が全面禁止となったシンガポール。外食産業が軒並みダメージを受ける中、「味千ラーメン」や「大阪王将」などを展開する現地上場企業のジャパン・フーズ・ホールディングスは、9月までの半期を黒字で乗り切った。売上高は半減、利益も8割減ったが、店内飲食解禁後の客足をつかんだ。「日本食ブランドに対する安心感が大きい」とライバル企業は解説する。幅広い需要の受け皿になろうと、今後はイスラム教の戒律によったハラールにも挑戦する。
感染第2波に悩まされているマレーシアでは、日本貿易振興機構(ジェトロ)が東南アジア配車サービス大手グラブと組んだ日本食プロモーションが当たった。8月以降10月末まで3次にわたって実施したそれは、それまでなかったグラブの宅配サービスに、新たに「日本食」のカテゴリーを生んだ。これに若い世代が敏感に反応。在宅勤務の増加などを背景に日本食のランチ需要などを掘り起こした。
いずれの国にも当てはまるのは、日本食に対する揺るぎのない安心と信頼感だ。ジェトロが東南アジア各国を結んで実施するオンライン商談会でも、はっきりとその傾向は表れている。コロナ禍であえぐ日本の食品関連企業にとってもまたとない好機のはずだ。
(バンコク=ジャーナリスト・小堀晋一)