ようこそ医薬・バイオ室へ:「体内時計」25時間のナゾ

2004.01.10 102号 6面

人間の体内時計のサイクルが二四時間ではなく二五時間弱であることは有名な話だ。これは、一九五〇年代に、ドイツの生理学者ユルゲン・アショフが、太陽の光も含めて外界からの情報を遮断した地下壕で、被験者二六人に好きな時間に寝て起き、好きな時に食事をするという実験を一カ月間行った。そして、実験を始めて一四日後には、誰もがほぼ一定の間隔で寝起きをしていて、その周期が二五時間弱であることを発見した。

この二五時間周期を一時間早めて、一日の周期に合わせるのが体内時計で、それは目のすぐ裏側に位置している視床下部の「視交叉上核」と呼ばれるところで時を刻んでいる。直径わずか一ミリの超小型・超高性能時計だ。その調整はやや難しく、朝、視神経から入った太陽の強い光を感知すると、脳のほぼ真ん中にあるトウモロコシ一粒くらいの大きさの「松果体」と呼ばれる部分に「一四時間後にメラトニンを分泌せよ」という指令を送って時間をリセットするのだ。このメラトニンは眠気を催すホルモンで、血流に乗って全身に夜が来たことを知らせることで、一日の体内リズムを調整している。

ところで、臓器にも一日の中で周期があって、肝臓は午前1~3時に活発に働き、午前3~5時に休んでいる。従って、夜を徹して飲んでいると大きな負担を肝臓にかけることになる。同じアルコール中毒でも、肝機能障害に苦しむ人は女性より男性の方がはるかに高い比率なのも、女性は日中こっそり飲む人が多く、夜は肝臓を十分休ませているからだといわれる。

同様に、体内リズムの関係で特定の時間帯に病気が発症しやすいことが分かっている。「病気の時刻表」といわれるもので、朝、起床時前後の時間帯に病気が多いのは、交感神経と副交感神経の働きが入れ替わり、自律神経のバランスが一時的に崩れるからだ。この時の血圧と脈拍数の上昇が心筋梗塞や脳卒中を起こしやすくする。また、気管支喘息の発作は肺機能が低下する明け方に起こりやすく、胃潰瘍は空腹時の深夜に悪化する。

というわけで、この体内時計を利用して、薬の効果を上げようとするのが「時間治療(クロノセラピー)」といわれるもの。胃潰瘍の薬は夜間に効くように服用するのがよく、高血圧の人は就寝前に降圧剤を服用する。

薬の中には添付文書に「夜飲むのが望ましい」と明記しているものもある。高脂血症薬であるメバロチンやリポバスなどもそうで、これらはコレステロール生合成系の律速酵素であるHMG‐COA還元酵素を特異的に阻害する。コレステロールは夜間に主に生産されるので、夕食後に高脂血症薬を服用すると効き目がよく現れるというわけだ。その機構は、まず、肝臓や小腸のコレステロール合成を阻害し、肝細胞内のコレステロール含量を低下させる。その結果、LDL(悪玉コレステロール)受容体活性が増強し、血中から肝細胞内へのLDLの取り込みが増加し血清中のLDL‐コレステロール値が低下する仕組みだ。

さらに、抗がん剤も夜間投与が有効で、副作用も少ないといわれる。がん細胞は夜間増殖し、正常細胞は休んでいるからだ。クロノセラピーで有名な平岩正樹医師の抗がん剤治療は、副作用が少ないため、患者は昼間仕事に出かけたり、食べ歩きをしたりして、夕方病院に帰ってくるという。ただし、医療スタッフが夜通し詰めていないといけないので、病院側としては大変らしい。

ところで、話を元に戻すと、人間のサイクルが二四時間でない理由は分かっていないが、月の一日は平均で二四・八時間であることから、かつて潮の満ち引きに合わせて生活していた海中生物であった頃の名残として、人間の体内に月のリズムの方がより根源的に刻印されていてるのかもしれない。

では、目の不自由な人は当然日光の調整を受けないので、体内リズムはどうなっているのであろう。妻の知り合いの盲目のオルガン奏者によると、どうも月のサイクルを感じているらしい。感覚で月の満ち欠けが分かるらしく、満月の日にコンサートをやると大変調子がよく、新月の日は体調がいま一つという。人間の身体は本当に不思議なものだ。

(バイオプログレス研究所主宰 高橋清)

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