事業再生・倒産に精通する溝渕雅男弁護士に聞く “倒産”に至っても再起は可能

総合 インタビュー 2021.01.29 12179号 03面

 2度目の緊急事態宣言で外食文化そのものが壊滅の危機にさらされている。個人店では、経営危機を苦にした自殺という最悪の帰結も報道されている。そこで事業再生・倒産に精通する溝渕雅男弁護士(大阪市中央区、共栄法律事務所)に、最悪のシナリオである「倒産」に至っても、再起は可能、自殺は選択肢にあらず、との緊急インタビューを行った。また食品産業を念頭に「倒産」に至らないための方策も聞いた。(服部泰平)

 個人にとって、破産は終わりではありません。むしろ、再生のための手続きです。これは奇麗事で言っているのではありません。法律に書いてあるのです。すなわち、破産法第1条は「この法律は…もって債務者の財産等の適正かつ公平な清算を図るとともに、債務者について経済生活の再生の機会の確保を図ることを目的とする」と定めています。破産は「経済生活の再生の機会の確保」のための制度なのです。

 いまだに誤解されることもありますが、破産しても戸籍に載りませんし、家財道具一式を差し押さえられることもありません。99万円以内の現預金、生命保険、自動車などは破産手続き開始後も持っておけます(「自由財産」と呼ばれる制度です)。破産手続き開始後に得た収入は、原則、自分のものです。極端な例ですが、2月1日午後3時に破産手続きが開始された場合、その後に稼いだお金で買った宝くじが当たったとしても当選金はそのまま持っておけます。破産手続き開始後に両親が他界し、多額の財産を相続したとしても、同様に、その財産を持っておくことが可能です。

 なお、破産手続きが開始されたとしても、それだけで借入や保証の債務が免除されるわけではありません。裁判所から「免責」という決定を受ける必要があります。もっとも、財産を隠したり、浪費などによって多額の借金をしたりといった事情がない限り、通常、問題なく「免責」されます。

 警備業や弁護士などの一定の職業については破産手続きが開始されることによって仕事をすることができなくなります。しかし、破産手続きにおいて「免責」を受けることができれば、再びそれらの職業に就くことも可能です。

 なお中小企業では、金融機関からの借入金について経営者が個人保証をしているケースがほとんどです。そのため、法人化していて法人が破産する場合は経営者個人も破産せざるを得ないケースが多いといえます。個人事業主は経営者自身が借入などをしますので、もちろん破産せざるを得ません。その意味で個人事業主か否かは大きな違いではないといえます。

 ただ、法人化しており、金融機関からの借入金を経営者が保証している場合、この保証債務については、経営者保証に関するガイドラインを使って、解除できることがあります。個人事業主の場合、自らが借入をしており、保証債務ではありませんので、同ガイドラインは使えません。

 少なくとも、破産が「この世の終わり」ではないということが分かっていただけたと思います。しかし、経営者は「破産」を避けるために努力することも必要です。

 再生を目指す場合であっても「破産」についての知識を得ておくことは必要だと考えています。

 デールカーネギーは『道は開ける』という著書の中で、「悩みを解決するための魔術的公式」を紹介しています。それは、(1)状況を分析し、最悪の事態を予測すること(2)やむを得ない場合には、最悪の事態を受け入れる覚悟をすること(3)最悪の事態を好転させることができるよう、冷静に自分の時間とエネルギーを使うこと–という3段階のステップです。

 再生局面においても、まずは最悪の事態である「破産」の内容を正確に理解する必要があります。「破産」を過度に恐れていると、そこから目を背けて現実的・理性的な判断ができず、時間もエネルギーも散逸してしまいます。

 また、責任感の強い経営者の方ほど、経営が厳しくなったときに自分で抱え込んでしまうことがあります。

 しかし、緊急事態宣言のような未曽有の状況では、やむを得ず破産に至ってしまうケースは相当程度発生します。経営難に陥ったとき、何をすべきなのか、何をしてはいけないのかは経験がなければ分かりません。多くの経営者は、当然ながら、そのような経験はありません。

 そのため、周りの人を頼るということが必要になってきます。経営者としての責任を果たすためには、その時々の最善を果たすために、他人を頼らなければならないのです。再生や倒産に精通している弁護士・公認会計士・税理士がいれば、それら士業に相談してみるのが良いでしょう。自分で話を聞いてみて、その内容に納得できる人に相談することが重要です。

 「再生」と「破産」を分ける重要な要素として「時間」が挙げられます。

 われわれが「破産」でもやむなしと考えるのがどのようなタイミングかというと、それは資金が尽きる時です。資金さえつながっていくのであれば、大きな負債を抱えていたとしても、事業を継続することができます。

 しかし、厳しい経営状況になれば、あっという間に資金が減っていきます。

 「再生」局面にもさまざまな段階があり、初期のころであれば、不採算部門の縮小や経費削減などによって事業の再生を果たすことができるケースも多くあります。自力での再生が難しければ、スポンサーを募って再生の途を探ることになりますが、スポンサーを見つける前に資金が尽きてしまえば「破産」に至らざるを得ません。

 これは人間の健康状態と同じです。健康を害したときに、早期の治療をせずに放置しておくと、重症化して回復が困難になります。未経験のことで大きく体調を崩した場合、自分で治そうとせずに、病院を訪れて医師の診察を受けるはずです。重症化して瀕死(ひんし)の状態になるまで放っておくべきでないことは、常識です。

 経営危機は、企業の健康が脅かされている場合といえます。そのため、早期診断・早期治療が再生の可否を分ける大きな要素になり得るのです。

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