東南アジア市場、パーム油逼迫で混乱 人手不足や値上がり続く
ロシアによるウクライナ侵攻が大きな引き金となったパーム油の需給逼迫(ひっぱく)が、東南アジア市場に深刻な影響を与えている。世界最大の生産国で輸出国のインドネシアが一時、輸出の大幅な禁止を行ったことから国際市場が混乱。生産量2位のマレーシアでは好機に乗じて増産につなげようと試みたものの、新型コロナを原因とした人手不足が露呈し、有効な対策を打ち出せていない。
軍支配の続くミャンマーの市場では、国民生活に欠かせないパーム油が軍政の定めた標準価格の4割増しで販売されるなど家計を圧迫している。タイでも想定を超える市場価格の上昇を引き起こすなど混乱はしばらく続きそうだ。
食料油やマーガリン、パン、菓子などの原材料、さらには洗剤の原料ともなるパーム油。タイ農業・協同組合省によると、2021~22年度の世界生産量は約7600万t。アブラヤシは他の油脂原料よりも安価なことから、生産量はこの10年間で3割近くも増加している。
その最大の生産地が東南アジアだ。首位インドネシアの21~22年度生産量は4450万t(占有率59%)。以下2位のマレーシアの1870万t(同25%)、3位タイの312万t(同4%)と続く。残るは、南米やアフリカなどわずかな地域で生産されているにすぎない。
インドネシアのジョコ大統領がパーム油の輸出禁止を表明したのは、ウクライナ侵攻から約2ヵ月が経過した4月22日。小麦や油など食料価格の高騰に苦しむ国内事情に配慮したものだった。
このころ、パーム油の価格は週が変わっただけで7%前後も上昇。小麦やトウモロコシも軒並み15~20%あまりも値上がりした。世界的に需給が逼迫する中、高値輸出が進んで国内への供給が減少すれば、さらに国民生活に打撃を与えるのは確実と判断された。
だが、インドネシア政府の政策も二転三転する。当初は一部のみを禁輸の対象としたかと思えば、わずか1週間後にはパーム原油や精製油など幅広く禁止する方針に転換。さらには、生産農家の損失が少なくとも2500億ルピア(約23億円)に上ることなどが判明すると、5月23日からは輸出の再開を一転表明。生産業者に対し国内供給義務を課したほか、国営企業を通じた国民向け食用油の安価供給を行うなどした。しかしながら、国内価格は再上昇含みで、懸案は解消していない。
こうした中で、シェア拡大を図ろうと動いたのがマレーシアだった。おりしも4~6月の時期は、アブラヤシ収穫の最盛期。プランテーション事業・コモディティー省ではインドネシアの禁輸分の供給を肩代わりできないか検討に動いたものの、農園での深刻な人手不足が続いていることが判明。増産を目指しても農作業が追い付かないことが確実となった。
英国の植民地時代からプランテーション経営が盛んなマレーシアでは、全土にアブラヤシ農園が広がる。しかし、マレーシア経済を支配するマレー人や華人らが実際の農作業に就くことはなく、重労働の大半は周辺後進国の外国人労働者が担っている。その数、全アブラヤシ生産従事者の約7割。現時点で10万人のこれら労働者が、新型コロナに伴う入国規制で確保できずにいる。このため、今年の収穫量は逆に、昨年比最大で25%減少することが判明したのだった。
国軍が支配を続けるミャンマーでもパーム油の高騰は市民生活を圧迫している。約1ペイタ(ミャンマーの重さの単位、約1.65kg)当たり5725チャット(約410円)と軍政が定めた標準価格に対し、実勢市場では8000チャット前後で取引され4割も高い。ウクライナからのひまわり油の輸入も止まったことから、今後のさらなる上昇が確実視されている。
タイでもパーム油の値上げが深刻だ。国内向けの小売価格は一時70%も高騰し、市民生活を直撃した。現在でも標準的な1L当たりの小売価格は70バーツ(約260円)前後で推移しており、高価な大豆油と価格差がなくなっている。一方で、主なアブラヤシの産地である南部一帯では、出荷価格が1kg当たり12バーツに達するなど過去最高を記録。5月だけでも200万tの収穫量を見込んでおり、輸出に向けられる可能性が高い。アブラヤシとパーム油をめぐる混乱はしばらく続きそうだ。
(バンコク=ジャーナリスト・小堀晋一)