タイの即席麺業界と政府 値上げめぐりバトル

小麦加工 ニュース 2022.09.12 12465号 12面
即席麺メーカー各社はさまざまなタイプの商品を開発して薄利多売を続けている=商品の写真はタイ・プレジデント社のホームページから

即席麺メーカー各社はさまざまなタイプの商品を開発して薄利多売を続けている=商品の写真はタイ・プレジデント社のホームページから

ロシアによるウクライナ侵攻などをきっかけに世界的な食材の高騰が続く中、タイの即席麺業界と政府が壮絶な神経戦を続けている。経営が圧迫されているとして販売価格の大幅引き上げをしたい業界に対し、タイ政府商務省が価格統制制度を理由にこれを認めて来なかったのだ。メーカー各社は異例の集団直訴に出たほか、海外への輸出や利益がより多く確保できる高級品の販売を強化するなどして圧力を強めた。結果、商務省側が折れた形になって一袋1バーツだけの値上げを認めたが、なお火種は残ったままだ。

即席麺ブランド「ママー」を展開する消費財大手サハグループ傘下のタイ・プレジデント・フーズは、コロナ以降の物価上昇に加え、ウクライナ侵攻をきっかけに始まった原油や原材料価格の高騰により生産コストが大幅に上昇したと主張。小売価格の引き上げを繰り返し求めてきた。大衆食でもある即席麺1袋の現在の販売価格は6バーツ(約20円)。これを8バーツに改定したいと訴えた。

ところが、首を縦に振らなかったのが商務省。副首相を兼務するチュリン商務相は即席麺が同省が定める価格統制の対象となっており、引き上げはコロナ禍で生活が苦しくなっている国民を苦しめるだけとして認めない方針を貫いてきた。同氏は連立与党第3党の民主党の党首も務める。来年3月に迫った下院の任期満了をにらんで、実績を残したいとの思惑も見え隠れする。

メーカー各社による直訴は断続的に8月にも行われた。タイ・プレジデント社のほか、「ワイワイ」ブランドのタイ・プリザーブド・フード・ファクトリー、「スエサット」ブランドのチョクチャイピブンなど5社が名を連ねた。代表してタイ・プレジデント社が行った主張では、各社とも赤字が続いており、穴埋めのために輸出を拡大するほか高級品路線にかじを切ろうとしているのが現状だと訴えた。このまま赤字が拡大すれば、大衆市場からは撤退せざるを得ないとも主張。国内供給は滞り、かえって国民生活への影響は深刻になるとした。

実際に輸出は大幅に拡大する見通しだ。加工食品や食品向け容器を製造するグローバル・コンシューマーは、今年の食品の輸出総額は前年比6割超増えると読む。世界的な食糧不足を受け、海外からは加工食品のほか冷凍品などの注文が絶えないと解説する。

事業者らでつくるタイ工業連盟も同様の展開を予想する。ウクライナからの小麦輸出が途絶えたことで、主要な世界の生産国が自国向けに食糧を確保。備蓄要請も強まり、農業国で食糧輸出国であるタイの存在感が増すとみている。

高級路線への転換を目指すのはタイ・プレジデント社だ。米ペプシコ傘下のペプシコーラ(タイ)トレーディングと提携。コラボ商品の開発を始めた。即席麺「ママー」の高級ブランド「ママーOK」の新風味商品を次々と市場に投入している。高級ブランドの単価は1袋15バーツ前後。大衆品の価格引き上げができない以上は、利益の大きい高級ブランドの生産を拡大するしかないとの経営判断だった。

商務省は8月25日付で大衆品一袋1バーツに限って値上げを認める決定をした。だが、それでもメーカー各社の経営が苦しいことには変わりはない。今回の値上げの決定がタイ・プレジデント社など3社のみで、生産コストの開示を拒絶したチョクチャイピブン社などが対象から外されたことに市場の不安も残る。大衆品の供給が細くなれば価格統制制度そのものの意味も問われかねない。生き残りをかける企業と行政の使命を維持したい政府。両者の神経戦はまだまだ続きそうだ。

(バンコク=ジャーナリスト・小堀晋一)

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