忘れられぬ味(58) ホテイフーズコーポレーション会長・山本幾太郎 “世界を舌鼓”の幸せ

総合 統計・分析 1998.06.26 8388号 2面

私は食通などとはとても言えませんが、長く食べもの屋の末席におるものとして、商売柄各地のご馳走に大変興味を持ち、進んで舌鼓を打つ努力をして参りました。

世界各地には長い歴史と環境に育まれた、それぞれ特色あるおいしいお料理がたくさんあります。すし、天ぷら、すきやきと世界に知られる代表的日本料理や美しく粋で優雅な京料理は食べものの芸術品とでも言える、他に類をみない料理の傑作だと思います。やはり日本人のわれわれには日本料理が一番合ったおいしい食べものと言えるでしょう。

バラエティーに豊み、おいしさ世界一と豪語する中華料理は、世界の隅々まで進出し多くの人々を喜ばせております。

フォアグラ(ガチョウの肝臓)や黒真珠と言われるキャビア(蝶鮫の卵)で代表されるフランス料理は、シャレた料理として、これまた世界各地で多くの人々の舌を喜ばせております。

マルセーユの魚河岸のお店での名物料理「ブイヤベース」も忘れられぬ思い出の味でしたがやはりパリへ立ち寄った時必ず存分に戴く「生カキ」と本場の「エスカルゴ」は傑作中の傑作で、私の大好きなものの一つです。

ドイツは現実的で、食べものは「生きるための手段」に過ぎないと徹しており、食料品のことをドイツ語でLEBENS MITTEL(生きる手段の意)と言っておるそうです。でもハンブルグやケルンで街角の屋台店に首を突っ込み、おやじと手真似で話しながら「フランクフルト」(ソーセージ)を立食いした楽しさは一緒だった家内と今も語り草です。

北欧料理と言えば何と言っても「スモーガスボート」と言うバラエティーに富んだ豪華なバイキング料理でしょう。スイスの「ポンジュー」料理(洋式のシャブシャブ)やイタリア料理の美味の王様はオーソブツコ(髄の入った骨付きの小牛肉シチュー)で今では私共の静岡市でもいただけるのはうれしい限りです。

伝統ある英国はローストビーフ、ドーバーソール(舌ヒラメのムニエル)、スモークサーモンとさすが歴史と風格を誇り人間の舌や胃袋を喜ばせる料理の数々があります。

世界の忘れられない料理を一〇種類選ぶことは楽ですが、たった一つ選択することは仲々苦労します。そんな中で私の忘れられないおいしい一品を選ぶことは至難ですが、私は、日本人の舌に比較的合う安価で気取りのないスペイン料理に忘れられないものがあります。

スペインへは私は蜜柑缶詰共販会社に関係し、バレンシヤ、ムルシャ地方の缶詰工場視察に四、五回参り、観光旅行を加えると六、七回行っております。もう三〇年も前、最初にマドリードへ家内と共に行った時、スペインハムをスモークした「ハセンセラーノ」と言う料理と一緒に戴いた、「アングラース」と言ううなぎの稚魚をオリーブ油でいためた料理がありました。熱いうちにフウフウ吹きながら食べると、とろっとした柔らかい味が何とも言えず、思わず二人同時に「おいしい!!」と叫んだ思い出があります。色々の条件が揃っていたのでしょうが今でも一番思い出に残る忘れられない瞬間であったと結論づける次第であります。

食べものの仕事に携わってすでに六〇年にもなり、舌も胃も老化して、意欲的に食を漁る元気も無くなりましたが昔を思い出し、時に食の楽しさを思い出し、夢見ることも年寄りの一つの楽しみともなりました。

((株)ホテイフーズコーポレーション会長)

日本食糧新聞の第8388号(1998年6月26日付)の紙面

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