忘れられぬ味(72) 丸美屋食品工業社長・阿部豊太郎 ホットドッグの味

二〇年ほど前、銀行の駐在員として五年間ニューヨークで生活したことがありました。当時、土曜、日曜の休みには家族を連れて買い物がてら、車で近郊に出かけるのを習慣のようにしておりました。私の“忘れられぬ味”として、そこで春、秋の気候の良い時期に、郊外の農場に付設された屋外カフェで食べたホットドッグとアメリカンコーヒーの味や揚げたてドーナッツとホットアップルジュースの味が周囲の風景とともに懐かしく思い出されます。

ホットドッグはもともとドイツから入って来たものでダックスフント犬に似ていることからドッグと呼ばれるようになったという説がありますが、今やハンバーガーと並んでアメリカの国民的食べ物です。きめの荒い、何と言うことのないロールパンの切り口を少しあぶって熱いソーセージをはさみ、マスタードをたっぷり塗ったホットドッグはからっとしたアメリカの気候にマッチしているのか、アメリカンコーヒーとのコンビが絶妙な味わいでした。

ニューヨークは愛称でビッグアップルと呼ばれるように、りんごの産地でもあります。秋の澄み渡った空の下、ひんやりした空気の中、りんご園の脇の屋外カフェで、絞りたてのアップルジュースを熱めてテイーカップに注ぎ、これにシナモンスティックを差して飲む味もまた格別で、パウダーシュガーをまぶした揚げたてドーナッツと澄んだ秋空にマッチして絶品でした。

これらはいずれも、フランス料理の複雑微妙なソースの味などには比べるべくもない素朴でシンプルな味の食べ物ですが、日本であのホットドッグやホットアップルジュースの味をさがしてもなかなか見つかりません。恐らく、食べ物の味はそれぞれに適した土地や環境のなかで初めて生きてくるものだと思われます。そして“忘れられぬ味”もそれを味わった時の背景や風景を抜きにしては語れないように思われます。

(丸美屋食品工業(株)社長)

日本食糧新聞の第8412号(1998年8月21日付)の紙面

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