忘れられぬ味(82) UCC顧問・嶋本忠義 隠岐島とブラジル
職業柄、外食する機会が多く、飲食するものは何でも美味しく頂くよう心がけています。ただ職業柄なのでしょうか、食べる時に付いてしまった癖があります。量、鮮度、付加価値、価格などを比較し、また値段の割には多かった少なかった、美味しかった不味かったと、総括してしまう習性があります。ついつい食べ方や、味に対してもいろいろな見方をします。いろいろな料理の中で、特に印象に残り「忘れられぬ味」が二つあります。
一つは、昭和40年代初頭、山陰の米子支店勤務時代に、新鮮で歯ごたえのある“鯛の活き作り”と磯の香漂う“鮑の刺身”です。最高の味の訳は、隠岐島・島後の西郷町にて海運業を営まれ、持ち船が何艘もある船主のお宅でご馳走になり、古来より伝承される、食膳と食の作法を教授頂きながら、また船主と旧知の漁師さんが漁火漂う未明より船を出し、新鮮な鯛と鮑を調達して頂いた話を伺いながら頂いた料理が三十数年経っても、忘れられぬ味です。
もう一つは、ブラジルで食べた“シラスコ”です。昭和50年研修旅行で、ブラジルを訪問する機会を得た時のこと、社員一二人とともに車で二時間のサンパウロ郊外の東山農園を訪れた折、農園の庭で本場のシラスコ料理を賞味した味は、昨日のように想い出され、本当に美味しかった、忘れられぬ味です。これにはエピソードがあります。
事前に研修日程を東山農園の藤原支配人に、当方は連絡しておりましたところ、支配人より国際電話が入りました。内容は、「一二人の平均年齢はお幾つですか?」。当方「三五歳位」と答えると、「働き盛りの若い人だから四~五頭の牛を準備します」とのことでした。スケールの大きさと、雄大さを感じ訪問時の楽しみの一つになりました。料理は、牛を予め捌きパイナップル、パパイヤと漬け置くことで肉が柔らかくなります。当日、牛肉のヒレの部分だけを、四~五センチメートルの角切りにした肉を四~五個串に刺し庭の特設の炉で焼き、農園秘伝のタレで食べた味は、最高でした。二十数年経った今、ブラジルの広大な風景と共に忘れられぬ味です。
食通を自負する私が生涯の中で、屋台で、レストラン、料亭でのいろいろな味が想い出されますが、その中でも特に印象に残る至福の味が、隠岐島とブラジルでの「忘れられぬ味」の体験です。
(UCC上島珈琲(株)顧問)
日本食糧新聞の第8443号(1998年10月26日付)の紙面
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