バンコクで人気の日本料理店 タイ人オーナーが成功した理由は

日本料理店「さんや」を経営する料理人兼オーナーのサンヤさん=バンコク・プロンポンで小堀晋一が2019年12月19日写す

日本料理店「さんや」を経営する料理人兼オーナーのサンヤさん=バンコク・プロンポンで小堀晋一が2019年12月19日写す

東南アジア・タイの首都バンコクで日本料理店「さんや」を経営する料理人のサンヤ・トゥラジットさん(45)は、東北部ウドーンターニー県出身のタイ人男性。この地に店を開いて昨年、満15年を迎えた。開店当初は家族中心のこぢんまりとした営業で、エアコンもわずか1台だった。だが、今では多くのスタッフや常連客に囲まれるまでに急成長。客の心をつかむためにこだわってきたのが、「仕事を終えて家に帰ってきた時のような心温まる店作り」だった。

「日本人には負けたくない」

長屋式のタウンハウスに店はある。2階の一間だけの営業から少しずつ増床し、現在は3階と4階も客間に。疲れが取れるようにと掘りごたつ席も用意した。メニューも、刺し身、寿司、煮込み、揚げ物、炒め物、焼き物など、日本の居酒屋にありそうなものは一通り揃えるまでに充実させた。ひとえに「おいしいものを安く提供し、少しでも長居したくなるように」という思いからだった。

とはいえ、タイの地方出身のサンヤさんが当初から日本食の料理人や、日本式居酒屋の経営を目指したわけではなかった。コメ作りが主要な産業で、企業進出の少ないタイ東北部。学校を終えた若者たちの多くは、バンコクなどの都市に出て職を求めた。サンヤさんもそうした一人。17歳で初めて上京して就職したのが、実姉がウエートレスとして勤めるバンコク・スリウォン通りの日本人経営のとんかつ専門店だった。当時はまだ、日本語は全く解せなかった。

日本料理店「さんや」を経営する料理人兼オーナーのサンヤさん=バンコク・プロンポンで小堀晋一が2019年12月19日写す

同店を振り出しに、同じエリアにあった計三つの日本料理店で修行を積んだというサンヤさん。「和食のノウハウの大半をこの時代に学んだ」。一方、語学学校にも通って独力で日本語をマスター。読み書きも自在に操れるまでとなった。こうして29歳の時に新規開店したのが、姉ノーンさん、妹ナーンさんらと始めた「さんや」だった。

だが、出店当時はタイ国内にサプライヤーは少なく、日本食材はおろか調味料でさえ調達が難しかった。そこで取り組んだのが、自身の料理人としての経験と味覚を頼りにしたオリジナルのソース・たれ作り。欠品とならないよう、レシピ化し“秘伝のタレ”として大切にしている。

新鮮な野菜の調達にも工夫をしている。肥沃(ひよく)な大地が広がる故郷ウドーンターニー県の畑で、小松菜やキャベツ、白菜やネギの栽培を手伝ってくれるのは母親のコンさん。子どもたちが力を合わせて日本料理店を切り盛りするのを今も裏方で支えている。

それだけではない。収穫したばかりの野菜を鮮度のよいまま店に車で送り届けてくれるのは、成人したばかりのナーンさんの息子たち。家族3世代が力を合わせているところに、この店の特徴がある。

出店したばかりのころ、心ない日本人客から冷たい言葉を浴びせられたことがある。「3ヵ月でつぶれるな」と。だが、「逆に、日本人には負けたくないという気持ちになった」とサンヤさん。ほのかに感じたという「プレッシャー」で、さらにより良い店作りを目指している。

活鰻専門店にもチャレンジ

昨年、開店15周年を迎えたバンコク・プロンポンの日本料理店「さんや」。経営する料理人のタイ人男性サンヤ・トゥラジットさんは、この15年の間に1日の休みもなかったこれまでの体制を見直し、昨年後半から週に1日は休業日を取ることを決め、実践している。

「オープンしたころは日本料理店はまだ少なく、お客さんのためにも休みは取らないとしていた。だが、ここ数年は日本食レストランも増え、お客さんが自由に店を選べるようになった。それに、そこまであくせく働かないでも、店も十分に回るようになった」と解説する。

手にできる時間を得たことで始めたのが、優良店など他店の視察だった。 「自分の店だけにこもっていると、何が問題なのか分からなくなる。これまでも視察はしていたが、時間もなく不十分だった」と、現在は遠く足を運べなかった人気店や他業態の店にも足しげく通って、店作りのヒントをつかもうとしている。

サンヤさんが新規展開した活鰻専門店「うなぎ・さんや」=バンコク・プロンポンで小堀晋一が2019年12月19日写す

こうした中、バンコクにあった日系の活鰻専門店が店を売りに出していることを聞きつけた。修業時代、ウナギ料理にも挑んだことのあるサンヤさん。「これだ」と一も二もなく飛び乗り、買い取った。

とはいえ、タイにはウナギを常食する習慣はほとんどなく、地域によっては「ヘビのようだ」と忌避するところも。せいぜいが寺院のタンブン(寄進)に転用されるほどで、タイ人仲間の中には「やめておけ」と忠告する人も少なくなかった。

それでも、日本のウナギ料理の奥深さや醍醐味(だいごみ)を知っていたサンヤさんは活鰻専門店に多角経営の活路を感じ、開店を決意。こうして昨年後半、オープンしたのが「うなぎ・さんや」だった。居酒屋の姉妹店だと分かるよう、あえて店名を同一とした。

サンヤさんの提供する活鰻は、静岡・浜松産の輸入物。日本産にこだわった。店頭でサンヤさん自らがさばき、関東風の背開きにしている。蒸す、焼くという手順にも一切妥協はない。ゆくゆくはスタッフの料理人が一人で調理できるようにと、店内での見せる作業にこだわっている。

コメや水、付け合わせにもこだわりを見せる。白米はジャポニカ米の産地として人気を集めるタイ・チェンライ産。常に新米の精米仕立てを届けてもらっている。水は、高品質の蒸留水。ウナギのタレも、サンヤさんが長年こだわってきた秘伝の味を加えた。付け合わせる漬物も自家製だ。

うな重の特製ランチを破格の999バーツ(約3500円)で提供したところ、瞬く間に人気商品に。当初こそタイ人客が多かったが、最近は口コミで聞きつけた日本人客が来店するようになり、全体の7割ほどを日本人が占める店として成長した。 居酒屋「さんや」に活鰻専門店「うなぎ・さんや」を人気店に導いたサンヤさん。それでも「料理の道に終わりはない」と、次なるチャレンジにも意欲的だ。週1回の休みを取るようになってからは、日本の北海道や仙台、東京など市場めぐりも積極展開するようになった。「常に競争。少しでも良いものを」と、その先を見据え続けている。(バンコク=ジャーナリスト・小堀晋一)

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