うまいぞ!地の野菜(4)山梨県現地ルポおもしろ野菜発見「大塚ニンジン」
「味に自信はあったが、姿形をここまでもってくるには試行錯誤でしたよ。何も形にこだわらなくてもと思われるでしょうが、挑戦したかったんです」
身の丈一m、ずっしり重く堂々とした大塚ニンジンを抱える土橋義次さん(七五)の顔は誇らしげだ。今ではただ一人残った大塚ニンジン栽培者である。
県の南西部に位置し、富士川沿いの山間にある大塚地区は、かつてニンジン、ゴボウの産地として知られていた。
土橋さんも生産者として京浜地区へ出荷したり「起伏の多い畑から掘り起こしたニンジンをリヤカーに乗せて甲府へ売りに行ったものです」と当時を振り返る。
その後、重量ものの衰退から付近の農家が次第に果樹へと切り替えていく中、土橋さんはある横浜の食品会社から契約栽培の依頼を受けたことからニンジン作りを続けていく。
「ここらではノッペイというが、軽くて柔らかい土は空気がたっぷり入るからモノが大きく育つんだよ」
大塚ニンジンは確かに大きい。一本が一kgはあるだろう。栄養分も朝鮮人参と同程度という分析結果を得ている。
「だから食品会社から生産委託を受けたんだよ。粉末に加工されるらしいけど」
「同じ大塚地区でも条件により品質にバラツキ出るが、うちのは日当たりも良いし、長い間土作りしてきたから最高のものができるんだ」と畑の土をすくい上げた。
山間にあるため霧がかかりやすく、これが逆に消毒の役目を果たし、ほとんど農薬を使わなくてもよいという。
四〇年前から委託で始めたニンジン作りだが、同じ種でも土地が変わると味も形も良いものになるからと隣の長野県から種を取り寄せている。
手のひらに取るとサラリとした軽い土。まず四つ歯で掘り、さらにスコップで掘って引き上げる収穫法。ゴボウのように掘り棒は使わない。
「こんな大きな図体をしているが、小さな石に当たったも根を曲げたり、枝分かれするすね者なんだよ」
うまい味ときれいな形に仕上げようと、当初はゴボウを収穫した後の柔らかい土を利用して種をまいたり、肥料に鶏糞や菜種の搾り粕などを土と合わせたり「一〇年ぐらいはあれこれ試し、やっと納得のいく土になったね」。
当たり前に作るのを潔しとしない、人ができないものを作りたいというチャレンジ精神と誇りが、二つとない大塚ニンジンをここまで定着させたようだ。
ニンジン、大根、リンゴ、長芋をすったものや郷土食のニンジン飯を常食にし、夜は千切り野菜にイカやタラと合わせて好きな晩酌の友にする土橋さん。
「たかがニンジンと侮ってはいけません。毎日食べているから六〇歳ぐらいの体力はあります」と笑う。
今後は「ここまで作り上げた土を死なせたくない。後を引き継ぐ人が欲しい」というが、大塚ニンジンが幻のニンジンにならないよう願うばかりだ。
ちなみに、昨年、一昨年と三珠町役場の後押しで「ニンジン掘り体験」のイベントを開催、大変な反響のようだったというが。
■生産者名=土橋義次(山梨県西八代郡三珠町大塚四二一三、電話0552・72・3066)
■販売方法=市場は通さない。食品会社と契約栽培のほか個人へは宅配。
■価格=一kg三五〇~四〇〇円。販売最少単位四kg(約六本)~。送料着払い。