料理の鬼人・私のスパルタ教育法:ル・マンジュ・トゥーオーナーシェフ谷昇さん

1999.04.05 175号 11面

ル・マンジュ・トゥーのオーナーシェフとして独立する以前から、これまで数百人もの新人と出会ってきたという谷昇さん。しかし、谷さんが料理人として認め、現在でも活躍しているのはその中でもわずか一〇人ほど。多くの新人たちとの出会いの中で、谷さんはどんなことを感じてきのだろうか。

「私たちは料理人である前にまず人間なんです。だから人としてのモラルをどの程度持っているのかに私はこだわります。それは『普通』であればいいんです。技術面でのうまい下手には重きを置きませんね」と谷さんは言う。

しょせん人間は自分一人では生きられない。だからこそ、一緒に仕事をする仲間、客、食材などすべてのことに対して、どういう気遣いができるかが料理人としての必要条件であり、新人であっても当然それは求められる。

客に対しても、食材に対しても一期一会を断ち切るような人ではだめなのだ。

「それに私は話し方、おはしの上げ下げ、歩き方などにもうるさいですよ。でもこういったことは、普通に生きていく上では必要なことだと思うんです」

しかし、谷さんの考える「普通であることの大切さ」が新人にはなかなか伝わらず、ジェネレーションギャップを感じるという。それは時代の流れとして仕方のない部分もあると谷さん。

でも、いくらモノ文化の現在では感じにくいとはいえ、自然に対する気持ちや、この仕事は食材という犠牲の上にあるという感謝の気持ちを忘れてはいけないのだそうだ。

「素材がなければできないという謙虚さを、私は仕事の中から教わってきました。それを若い人に伝えたいと思う。でも思うのは簡単だけど、なかなか難しいね」

食材に対して、感謝と慈しみの気持ちがなければいい料理はできない。それはこの仕事がただのサービス業ではなく、「文化」の一つだからだ。だとすると、客は単に料理のおいしさ、店の作りを求めているのではない。最終的には料理を作った人の人となりも求められるはずだと谷さんは考える。

「人はそれぞれ違った環境で育ち、それこそ十人十色。そういった人たちが集まって一緒に働くのだから、それぞれの最大公約数でやっていかなければならない。それが可能かどうかは、どれだけのものを受け入れられるのかというその人の度量によりますね」

単に遠慮をするというのでは、結局はあつれきが生まれ、長く仕事を続けていくことはできない。だから人に対しての気遣いが自然にできる人を谷さんは求める。

「そういうことは最終的に、必ず料理に性格が出るものですからね」

だれにでもできることを積み上げていく。きちんと積み上げてさえいれば、皿の上を作っていける。なぜなら料理は素材の再構築であり、過程があって結果が出るものだからだ。

だからこそ、背伸びはだめ。自分の力量にあった、身の丈のものを精いっぱいする。

「この仕事は人が遊んでいる時間にする仕事。そして働く時間も長い。自分自身が疲れないようにしなければいけないんですよ」

技術面では基本表現、食材をきちんとさばくことが重要。あとのテクニカルは数をこなせばできるようになると谷さんはいう。

だが、数をこなすにしても、年に数回しか扱わない食材もある。そこで谷さんはやる気がある新人には、どんどんやらせるようにしている。

「新人にやらせることで出るリスクは私が背負えばいいんです。実際は、『まいったなー』ということがほとんどなんですけどね」

谷さんは、技術を「盗む」という言い方は嫌いらしい。そもそも新人との関係は、いずれ一人立ちし、別れがあるということが前提。だからこそ将来、この店を巣立って行った後、人に教えてあげられるようになるためにも必ず理路整然と教える。

しかしそれは一度だけで、同じことを何度も教えることはない。そのために、教わる側にはかなりの集中力が必要となってくる。

「意識して一回で覚えるということが重要なんです。私たちの仕事は、常に一つの鍋にずっとかかりきりでいられるわけではない。それぞれの皿、鍋に、それぞれの集中力を持っていられるようにという訓練でもあるんですよ」

料理人は決して特権階級ではない。どんな人とも会話ができ、通用する人でなければならない。おごりたかぶりは決して許されないと谷さんは言う。

自分が向上するためには、自分にないものを、いろいろな人から聞き出すことも必要。そのためには内弁慶の職人気質だけではやっていけない。

「それに金をたくさん使ってくれるのがいい客とはいえない。この人にサービスさせてもらえてよかったと思えるような心あたたまる人、そんないい客が来てくれるようにしなければ」

調理場とホールと分けて考えることはないという谷さんは、もちろん自ら客に料理を運ぶこともある。

「調理場だけを知っていても自分じゃ何もできないからなんです。単なる料理人ではなく、レストラトゥール(レストラン人)でありたいですからね」

◆たに・のぼる(フランス料理店「ル・マンジュ・トゥー」オーナーシェフ)=昭和27年東京生まれ。服部栄養専門学校卒業後、六本木「イル・フランス」に入社。二四歳で初の渡仏。一年の修業後、銀座「レンガ屋」、青山「サバス」「オーシーザブル」などでさらに腕を磨く。三五歳で再び渡仏。帰国後、日本における谷流フランス料理を打ち出し、四年前に「ル・マンジュ・トゥー」をオープンする。ふるい落としの厳しい団塊世代の中で培われた強い精神力と、水泳部で鍛えた体力とで一人数役の激務をこなす。

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