シェフと60分:イタリアレストラン「ジンジーノ」シェフ・篠崎実氏

1999.12.20 194号 9面

銀座界隈には現在約六〇軒ものイタリア料理店が軒を連ねる。その激戦区に、10月14日オープンしたイタリア家庭料理レストラン「ZINZIO(ジンジーノ)」のシェフに就任した。

「うちのおすすめは、名前の通り少量でいろいろな種類を楽しんでもらえる二〇種類のアンティパスト。日替わりでメニューを替えていく予定で、それだけ多くのメニューのストックが必要です。私にとっても、これまで培ってきた経験の集大成となるでしょう」

場所柄、いかに他店との差別化を図るかというプレッシャーもある。

「でも、前菜二〇品を食べられる店はたぶん銀座にはあまりない。前菜を少しずつつまんでワインを傾けながら、気軽に楽しめるというのがこの店の魅力。飾ったリストランテではなく、自由に居酒屋感覚で食べにきてほしい。こちらも自由にやらせてもらう」

三七歳。シェフとしての気負いは感じられない。

二〇代のころ、本場イタリアのレストランをいくつか渡り歩き、研鑽を積んだ。

「イタリアでは、レストランのほかにピッツェリアや惣菜屋といったところも行きましたが、イタリアのシェフはみんな自分が一番と思っているんです。でもそれぞれやり方が違いますから、結局、方法はいくらでもあるということを、一番学んだような気がします。私自身もそれで根性がついた」

マイペースだが、これと思ったらすぐ行動する性分でもある。イタリア行きでは、先輩が修業をしていたレストランに手紙を書いたものの、「その返事も待たず、荷造りして飛行機に飛び乗っていた」という。

そのとき覚えたオリーブオイルの特徴と、素材の組み合わせにイメージを膨らませ、オリジナルの一品に仕上げる。

「イタリアではその地方で穫れるオリーブオイルを使うのが常ですが、いま私は店で、リグーリア、ローマ、トスカーナなどの三~五種類の地方のバージンオリーブオイルを、魚や肉、野菜といった素材に合わせて使い分けています。バージンオイルは地方によってそれぞれ特色がある。お客さまに、この香りがいいねと言ってもらえたらいい」

素材へのこだわりも、特に気を使っている点だ。

「本来は普通に育ったものを使って、自然の味が出せることが理想ですが、いまの日本で、お客さまに安心して食べていただけるものを出したいとすれば、特別なものを使わざるを得ない」と、野菜は無農薬を基本に、契約栽培で農家から直接仕入れている。

イタリア料理の中で好きなものはパスタとピザ。ジンジーノでも「シェフ手打ちのフィットチーネ」を日替わり限定で出している。

「パスタは、ゆで時間も塩のきかせ方も、その瞬間が勝負というとても繊細な料理なんです。得意というよりは好きなものが好きなように出せれば、それがお客さまにも評価してもらえるのではないでしょうか」

「こんなことができたらいいな、やってみたかった」というような遊び感覚を、常に持って厨房に立っている。

きのこのピザでは、ポルチーニのかわりに、店で半分乾燥させた椎茸を使った。

「素材の多様性をこれからも広げていきたい。試したものが受け入れられた時は楽しいですよね」

いずれはホールに出て、一人ひとりのお客さまと会話しながら料理が出せることが理想という。

厨房では若いスタッフに囲まれ、気取らない兄貴という表現がピタリと合う。自身も彼らと目線の高さを合わせ、会話することを心がけている。

「自分の若いころは、修業先でまるで軍隊のように仕込まれた。どんなことでもやってから文句を言え、やる前にいうなというのが鉄則だった。でもいまの若い子たちにそんなことを言っても通じない。自分の方が彼ら側に寄って話をしています」

時には、他店に見学を兼ねて食事に行かせることもある。「一人より複数のシェフを見た方がいい。厨房の中のシェフと、客の立場としてみたシェフをそれぞれ感じてほしい」という親心だ。

「人が大事だということをつくづく感じている。スタッフがいるからできることも多い。だから下っ端だからといってイヤな仕事を押しつけることはしません。みんながシェフという考えでいいと思ってるんですよ」

若いエネルギーにあふれた厨房から、自由で気取らないイタリアンの世界を広げようとしている。

◆プロフィル

昭和37年10月東京都生まれの川崎育ち。高校卒業後、「人と同じではつまらない」と東京調理師専門学校へ。当時はフレンチの最盛期、イタリアンは全く未知の分野だったが、先生から「これから必ずはやるから、お前がやれ」とすすめられ、イタリアンを志向する。

昭和62年渡伊。ラモーラ、ロマーノなどの本場のイタリアンレストランで修業する。帰国後、数々のレストランでシェフ、セカンドシェフを務める。

平成11年8月(株)グリニッジコーヒー入社、同10月ジンジーノのシェフに就任。

趣味は車。二年前、念願のルノーサンクターボ2を手に入れ、休日は六歳の息子を乗せて走っているという。

「食べ歩きには興味がない。ほかの店を見て情報は得られても、その料理はそこのシェフのもの。自分のやろうとしている方向からズレていれば、料理も変わってしまう」と、独自の世界観を大切にしている。

文   加藤さちこ

カメラ 岡安 秀一

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