シェフと60分:老舗割烹「八百粂」調理部長・曳地実氏

2002.10.07 261号 19面

明治43年創業。宮城県仙台市に七十余年の歴史を持ち、超一流店として名高い老舗割烹「八百粂」の調理場を仕切る曳地実氏が、根っからの和食畑で培い、築いてきた大切なポリシーは、意外にも、盛りつけにこだわらないことである。

「目にも美しい」「盛りつけにもこだわった」‐そんなうたい文句が雑誌のグルメ特集や広告にのぼるのは常のこと。料理はよりアーティスティックな方向へ向いていると思われるが、「確かに色彩は素晴らしい。しかし急いで食べてもらいたいものもあるからね」。

料亭の場合、調理場から座敷までの距離が長く、盛りつけに凝って時間をかけていては、乾いてしまうものも出てくる。「それではお客様においしい状態で食べていただけないから」と曳地氏。

また前菜などは、一つの皿にすべてを盛りつけてしまうと、汁が流れないように、香りが混ざらないようにしなければならず、使える材料が制限されてくる。

「飾り気はないけれど、三、四品をふた付きの器に盛って出せば、冷たいものは冷たく、温かなものは温かいままお出しすることができる」

どこから食べたら良いのだろうと客に迷わせない料理の出し方。これこそが曳地氏の信念とするところである。

野菜は地場産、魚介は三陸近海の新鮮な海の幸を使用。昔ながらの製法で作られた地元仙台の醤油のみを使い、味噌は手作り。曳地氏のもう一つのこだわりは、杜の都・仙台に伝わる郷土色だ。

接待客の数が減ったとはいえ、大箱の料亭が相次いで店をたたむ中、支店経済の街といわれる仙台において八百粂は貴重な存在だ。中央から訪れる客が多いため、地元の味を提供することはある意味、使命とも言えよう。

「京都のタケノコがおいしいからといって取り寄せても、産地の料理には太刀打ちできない。結局はまねで終わってしまう。第一、京都からいらしゃったお客様に、京料理を出してもさっぱり喜ばれないからね(笑)。仙台で採れたタケノコを仙台の海の幸と一緒に炊き合わせたり、郷土色を色濃く出したほうが、楽しめるでしょう」

それらの素材は、旬を先取りした「走り」を味わっていただく。旬の時期が一番おいしいのは百も承知。しかし客に「これは先日既にいただいた」と言われては料理店の名がすたる。

つらいところだが、走りをいかにおいしく、時には旬以上のものに調理するか、ここがプロの腕の見せどころである。

一流の味はすべて一流の素材から生まれる。そして一流の素材は無駄なくすべてが一流である。使い方に工夫をして、食材をとことん使い尽くすのが曳地流だ。例えば大根。皮をあえて厚くむき、きんぴらのように油で炒めてもう一品。さっと湯通しして干せば切り干し大根に。

「調理場でもいつも無駄にすればゴミ代もかかる。ゴミにしないで使えるものは全部使いなさいと言っている。実際には最高級の部分だけを使って調理する料理人も多いと思う。だけど素人さんが捨ててしまう部分もおいしくいただける調理法を知っているのがプロってもの」

魚一匹、刺身に最適なところのみを使っても、皮が出る、骨が出る、頭が出る。それを丸ごと全部使ってこそ、真においしい料理ができるのだと。「骨はだしにしてお吸い物に。魚が新鮮ならこんなにいいだしはない。もったいないよ。皮はゆでて冷やせば酢の物に使える。はらわたは塩からに。もちろん魚の種類は選ぶけれど、これから出回るヒラメなんかキモがすごくおいしいでしょ。キモあえもいいね。お刺身のくずはたたいてすり身にしてお吸い物の具に。かまぼこみたいな練り製品にしてもいいな」

ここまで丸ごとおいしく調理してもらえれば、曳地氏に調理される魚は幸せ者なのではないかと思えてくるほど、アイデアは尽きないのだ。

文   鈴木素子

カメラ 岡安秀一

・所在地/仙台市青葉区二日町一二─一

・電話/022・223・1136

◆プロフィル

昭和28年宮城県柴田町生まれ。幼少のころから料理づくりに楽しみを覚え、中学時代には忙しい母に代わってひじき煮を作るほどの腕前に。高校卒業後、一旦はサラリーマンへの道を考えるが、思い直し宮城調理師学校入学。在学中から仙台市内の天ぷら専門店「天勝つ一番町店」で現場修業を積み、卒業後に上京。台東区柳橋の「割烹子安」に入店し、阿部正幸氏に師事。焼き方を学ぶ。50年阿部氏の紹介で「割烹釜長」入店。漆原忠夫氏に師事し煮方を学ぶ。53年に帰仙し老舗割烹「八百粂」に入店。60年より調理部長となる。

趣味は陶芸。自宅に二つ、田舎に一つ、計三つの自分の窯を持つ。

◆私の愛用食材 石臼挽きのそば粉

製造元である伊藤製粉が主催するそば教室に参加して以来の愛用品。

「元来熱に弱いそば粉を、余計な熱を加えないよう石臼を使って丁寧にひいているため、香りがとても強く、風味豊か。低温でも火が通るので、七〇度Cくらいのお湯でこねてもおいしくいただけるのが特徴です」

食材から調味料まで、地元・仙台産にこだわる曳地氏お気に入りの逸品である。八百粂より伊藤製粉までその距離わずか八〇〇m。大量発注はせず、注文の度にひいて届けてもらえる鮮度のよさも愛用の理由だ。会席料理の食事として出される手打ちそばのほか、唐揚げや天ぷらの衣に、治部煮に、和菓子づくりにと、活躍の機会は多い。

◆問い合わせ先=伊藤製粉(株)(仙台市青葉区通町一‐八‐三、電話022・234・4221)

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