トップインタビュー とんかつ一筋35年 和幸商事代表取締役社長・日比生信一氏

1993.12.20 42号 3面

‐‐三五周年を迎えられていかがですか。

日比生 私が二六歳の時に兄にさそわれてこの道に入りました。昭和33年に川崎の駅ビルに一六坪の小さなとんかつ専門店を始めたのが最初です。「和幸」は兄の名前の一文字と兄がそれまで一緒に商売をしていた友人の名前の一文字をとったと兄から聞きまして、当時はそんな単純な店名かと思いましたが、三五年たちましたら、いつのまにか愛着を感じるようになっていますね(笑い)。当初は繁盛店が目標で本当に多店化しようと考えたのは一〇店舗出店した53年頃です。駅ビル、ショッピングセンター、百貨店などに一二六店、うち売店が五〇店、このとんかつ部門を柱に京風ラーメンと甘味、和食店などもあり、総店舗数は11月末で一四八店となっています。全部直営です。特に平成に入ってからは店の紹介件数が増えまして、年間一二店ペースで増えています。

‐‐不況の影響はありますか。

日比生 レストランは既存店ベースで若干売上げが落ちています。テークアウトの方は好調です。三五年目にして、初めて売上げ減をあじわいました。オイルショックも円高もほとんど影響はなかったですからね。また、最近は私どもが出店対象としている駅ビルやショッピングセンター、百貨店の来店客数が減っています。客の行動パターンが変わって、外食も含めて施設そのものの内容が問われていると思います。アミューズメント施設は客数が減っていないといいますからね。しかし、客が変わったからといってドラスチックに転換はできないので、実験段階ですが、定番のとんかつ店メニューに季節を盛り込んだ三〇〇円前後の小鉢メニューを増やして食事の楽しさを提案しています。

‐‐とんかつ専門店が新規参入も含めて増えていますが業界最大手の「和幸」としてはどのような生き残り戦略をとっていますか。

日比生 和幸独自のスタイルを守っていくことです。商品でいうと、とんかつ店というのはヒレとロースいずれかのとんかつにごはん、味噌汁、おしんこというシンプルな商売なんです。勝負しようとしたら味と価格しかありません。今はどこのお店でもやっておりますが、ヒレ肉を三枚に開く方法は和幸が一番最初に始めたんです。それまでは棒かつだったんです。棒状だと揚げるのに時間がかかり、中まで火が通った時には衣がやけすぎてしまうという欠点がありました。とんかつを最もおいしくするコツは衣と肉の割合なんです。三枚に開く方法だと、食べ易いし、口の中で肉と衣が丁度うまくまじり合っていいんですね。価格面ではとにかく低くおさえることです。一〇円でも二〇円でも質を落とさず提供するのが企業の使命だと思っています。和幸の客単価は一〇五〇円ですが同業他社より一〇〇円前後安いと思います。

‐‐八年間値上げをしなかったと聞きましたが、低価格で提供できる理由は何でしょう。

日比生 使用量が大量なので、仕入価格を極力安くする努力はしていますが、他社とそう違うわけではありません。要はムダをしないということです。精神論に近くなってしまいますが、決められた量より多くつけてはいけないと思って肉を切るのと、ただ定量に切ろうと思って切るのでは二~三㌘違ってきます。こういう商売は細かい数字の積み重ねなので、この二~三㌘が利益の二~三%を左右するんです。肉に関してはロースは国産物が柔らかくて臭みがないので一〇〇%国産物を使用していますが、ヒレは輸入しています。棒状で輸入しているものを生産国のパッカーが三枚に開いて整形したものを輸入できないかと今、テストをしています。生肉で加工するほうが肉汁がでないので味は向上するし、作業工程が減るので人員削減につながると思っています。

‐‐二一世紀を目の前にしての課題は何でしょうか。

日比生 二〇〇〇年までに今の倍の三〇〇店にしようと目標を掲げております。それに見合った体制作りをしなくてはいけないと思っています。

‐‐具体的には……

日比生 人材の育成です。仕事は人が動かしていくものなので、店長、調理人を育てるのが急務です。これができるかどうかが成功するポイントだと思っています。いい人に来てもらうためには、いい職場環境を作らなくてはいけません。和幸では一五、六年前から週休二日制を始めています。一般企業なみの労働条件でないと人が集まらないと思ったからです。労働時間も世間が週四八時間に取り組んでいる時に四五時間に取り組みました。今は週四〇時間にしろと私が言っているのに、現場がなかなかしてくれない(笑い)。いろいろ人のローテーションを考えたのですが、社内ではまだ誰もシフトを考案できないんです。たとえ四〇時間となっても年間二〇〇〇時間はきれない。この業界が3Kといわれる所以ですね。厨房も働きやすさをテーマにつくっています。油を使う商売なので、空調、冷房を一二分に考えており、通常のとんかつ店より店のコストは二割ぐらい高くなっています。

文責・福島

とんかつ業界に価格競争はおこりますかと聞いたら「ないでしょう。うちが火を付ければともかく」と業界のチャネルチャンピオンを自負する。社長が八年間値上げにGOサインを出さず、現場はとても苦労したという裏話を聞いた。労働時間週四〇時間へのトライも社長命令だ。経営戦略は客を、社員を大事にすることにつきるようだ。

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