外食史に残したいロングセラー探訪(72)壁の穴「若者のアイドル」
和風スパゲティの種類は、本場イタリアをしのぐ数だろう。今でこそ定番となっているたらこや、シメジ、納豆、ウニなどの具材をいち早く取り入れたのが東京・渋谷に本店を構える「壁の穴」だ。今までに開発した数は200を超えるというメニューの中から醤油ベースのスパゲティ「若者のアイドル」を紹介する。
●お客とともに創り上げたメニュー 具材のボリューム感が魅力 和風スパゲティのパイオニア
オーナーの成松孝安氏が同店の前身である「Hole in the wall」を東京・中央区田村町にオープンしたのが、1953年。当時、スパゲティが食べられる店は都内では帝国ホテルの他に3店舗しかなかった。そのときからオーダーボイルのアルデンテで提供することにこだわった。しかし、NHKの移転に伴い閉店。その後1963年、渋谷の宇田川町に同店をオープンした。
本場イタリアの味を知っている著名人などを店外重役として試食を繰り返し、さまざまなメニューを開発。なかでも日本人の味覚にあったものの追求から自然と和風スパゲティが増えていった。
例えば常連客が持ち込んだキャビアを使用したスパゲティを「もっと手頃なもので」ということで、たらこのスパゲティが誕生、1962年のことだ。その他にも納豆やアサリなどの具材を使用した和風スパゲティが生まれている。同社の取締役営業本部長の飯塚昌良さんは「和風の味がよくのるメタルダイス加工のスパゲティを採用しています。今でこそイタリア産ですが、創業当時は国産を使用していたようです」と話す。また、日本人の味覚を考え昆布粉を使うのも同店の特徴だ。
若者のアイドルは、大手楽器メーカーの社長が、これからデビューするアイドルのために、当時単品メニューだったスパゲティの具を全部入れたものをオーダーしたことがはじまり。そのアイドルの人気祈願もこめてネーミングされたメニューだ。その具は、ソーセージ、ベーコン、ピーマン、シメジ、椎茸というボリューム感。醤油ベースで、それぞれの具をしっかり炒めることでうま味を出していく。
「成松は、お客さまとのコミュニケーションのなかでメニューを作るのを大切にしていました。その精神は今のスタッフに受け継がれています」と飯塚さん。ロングセラーのストーリーはお客と一緒に創り上げているのだと同店は教えてくれる。
●企業データ
(株)壁の穴/本社所在地=東京都渋谷区恵比寿3-28-12 ATYビル401/事業内容=スパゲティ専門店、イタリアン料理店、うどん専門店を8ブランド計34店舗運営(2012年12月現在)