料理の潮流トップシェフインタビュー:アクアパッツァ総料理長・日高良実氏

2005.01.03 295号 15面

パスタ、ピザなど日本人の食生活にすっかり浸透したイタリア料理。さらに新しい潮流は生まれるのか、日本の素材を生かしたヘルシーなイタリア料理で人気の高いアクアパッツァの日高良実シェフに聞いた。

‐‐最近のイタリアンの傾向を教えて下さい。

日高 目的や予算、シーンなどによって、お客さんの使い分けが多様化してきました。気楽にワインとパスタが楽しめるカジュアルな店からリストランテまで、そうしたニーズに対応し、レストランも個性化してきています。

お客さんも世代が若くなって、使い方に慣れていますね。実際にイタリアに行かれた人も多い。

でも以前は、「イタリアで食べたこのメニューを作って」というイタリアの味そのものが求められましたが、いまは日本の食材を使った日本なりのイタリアンが受け入れられるようになってきました。

ウチの店でも「今日のおすすめは何?」とお客さんの方から聞いてきます。

お客さんは、イタリアに行ってイタリアンを食べるのではなく、日本に居ていろいろな選択肢の中でイタリアンを食べる。それだけイタリアンが日本人にとって身近になってきたということでしょう。

ただ都会に比べ、地方ではまだ受け入れられていない部分があります。コースに慣れておらず、間が空くと場が持たない。安くてカジュアルな業態しか浸透していないというのが現状ですね。

全体としては、とくにいまは健康的なものが求められる傾向にあって、野菜、魚を使ったイタリアンはヘルシーなイメージが強く、それがイタリアンを食べる目的にもなっています。

料理の特徴としても、野菜をストレートに使いやすい。切った野菜を盛り付けただけというような素直なものでも料理として存在します。飾りたてないナチュラルなおいしさがイタリアンの魅力でもあるでしょう。

ウチの場合、もともと健康的なものを、時間をかけて食べていただくというスタイルです。

野菜や魚など、○○産というような産地にこだわった食材を食べてみたいというお客さんが多い。「おいしさ、プラス産地やだれが作ったか」という食材の安心感で時間を過ごしたいというお客さんが来られます。

‐‐本場イタリアはどうでしょう?

日高 イタリア本土も僕が修業していた二〇年前とは、大分変わっていますね。当時は日本料理はおろかフレンチもなく、中国料理くらいしか店がなかった。魚も食べる習慣がなく、市場では週に二回くらいしか魚を扱っていませんでした。それがいまは刺身やすしも、オイスターバーもあります。イタリアも柔軟になってきました。日本のような健康志向も強くなっています。

またイタリアのスローフード運動の高まりは、周辺の国々にも影響を及ぼしています。僕も今年はイタリアの「スローフードの旅」に行ってきました。以前はレストラン中心の旅でしたが、産地に行って、その生産者が行くような食堂に行く。おいしいものを作っている人たちの近くには、こういう食文化があるのかと感動します。

でもその料理を皿ごと日本に持ってくる必要はない。スローフードの根底は、昔から自分たちが食べてきたものを守って食べていこうということ。日本とイタリアでは、風土も環境もライフスタイルも違う。そうしたコンセプトをもとに、それぞれの地域のシェフが土着のものを作り上げていくのがスローフードだと思いますね。

いまイタリアのジャーナリストやレストラン関係者は、自分たちのイタリア料理が、海外にどう伝わっているか、とても関心をもっています。

米国だったら米国人の、日本なら日本人のライフスタイルの中でどう消化されていくか。けっして自分たちのスタイルを押し付けることはしない。いろいろなすみ分けを彼らは知りたがっています。僕もローマで海苔のソースのニョッキを作ったことがありましたが、好評でした。

‐‐料理人の世界も変わってきましたか。

日高 イタリアンがはやりだしのはここ十数年のこと。僕らの時代といまの若い人は見ているものが全然違いますね。まず僕らのころは、調理師学校を出た後、イタリアンが何かまだ分からなかったし、本もなかった。いまの若い人は食体験からも十分知っていますし、イタリアに行かなくても学ぶことができます。

ただ、最近はイタリアでもスペインのエル・ブジが新しい潮流になっていて、日本の若い料理人たちもその影響を受けています。エル・ブジが投げ掛けたものは非常に斬新で、考え方としては面白いと思いますが、若い人たちは表面的なものだけを吸収してきてしまうのが問題ですね。

‐‐今後の展望は。

日高 お客さんが成熟してきて使い分けが進んだ分、まだまだ市場は成長する可能性があります。レストランはもっと多様化してくるでしょう。

イタリアンには、ピザやパスタ、魚料理など個性も品ぞろえも豊かな単品の商品価値があります。パスタだけの店、ワインがもっと気軽に飲める店などがもっと出てくる。

最近はナポリピザが人気ですが、それは粉のおいしさが受けている。ナポリで実際に食べている人もいますし、高い技術を持ったピザ職人も増えました。短時間で提供できて、利益率も高いので営業効率がよい。また景気の悪いときに、人はピザのように活気のある食べ物を求めます。ピザ業態はまだまだいけますね

イタリアはもともとファッション、生活スタイル、人も、日本とは対極の文化を持っていて日本人にとってあこがれの対象でもある。

この一〇年で日本人の生活に浸透したように、これからもいろいろな形で進化し、業態も多様化していくでしょう。一〇人いれば一〇人のイタリア料理のすそ野が広がっていくと思います。

(文責・阿多笑子)

◆プロフィル

ひだか・よしみ=一九五七年神戸市生まれ。神戸ポートピアホテルの「アランシャペル」などでフランス料理の修業を積むが、あえて未知の世界、イタリア料理に飛び込む。八六年、二八歳でイタリアに渡り、精力的に北から南まで地方料理を武者修業。八九年に帰国、リストランテ山崎の料理長を経て、「アクアパッツァ」(東京都渋谷区広尾五‐一七‐一〇、EASTWEST地下一階、電話03・5447・5501)のオーナー料理長に就く。現在ほかに六店舗を手掛ける。

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