米国トレンド:急成長・マルチブランディング ドライブスルー以来の大革新

2006.02.06 310号 1面

ニューヨークのマンハッタンでは、KFCとタコベルが入った複合店舗や、ダンキンドーナツとバスキン・ロビンズが入った複合店をよく見かける。中には3~4つのブランドが1店舗におさまった複合店もある。これらの複合店戦略を「マルチブランディング」と呼ぶ。不動産価格の高いニューヨークでの苦肉の策かと思いきや、近年急速に全米各地へ広がっている。マルチブランディングが始まったのは1990年代の初頭。当初は戸惑っていた消費者も、今では慣れた様子で、同一店内でピザを買い、タコスを買い、チキンを買っている。また、多くの有力チェーン企業がマルチブランディングを積極的に推し進めている。米国で大きな潮流となっているマルチブランディングの実態に迫ってみた。(外海君子)

マンハッタンの5番街と31丁目の交差点には、ダンキンドーナツとアイスクリームのバスキン・ロビンズ、サンドイッチのサブウェイという3つのチェーン店が同居するマルチブランディング店がある。中に入ると、前から奥に、ドーナツ、アイスクリーム、サンドイッチの順に3つのブランドが並び、それぞれ別のレジが備えられている。

マネジャーのフランシス・ラオさんによると、「ここにマルチブランディング店を開いて10年になる。当時は珍しかったが、最近は一般的になった」と言う。

サブウェイだけのシングルブランドの店が近くにあるが、「売上げはうちのほうが高い」とラオさん。

「ほかに2つのブランドがあるためと断定することはできませんが、相乗効果があるのは確かです」と分析する。

今では、バスキン・ロビンズとダンキンドーナツを買収したアライド・ドメック社が、その傘下にトーゴーズというサンドイッチのチェーンを抱えているため、バスキン・ロビンズやダンキンドーナツのマルチブランディングの相手としては、サブウェイではなく、トーゴーズを選ばねばならなくなっているが、ラオさんは、3つのブランドについて、次のように語っている。

「サブウェイはヘルシーなイメージがあるし、バスキン・ロビンズも、低脂肪牛乳を使ったり、フルーツのジュースを提供したりして、最近の健康志向にマッチしています。ドーナツは、確かにヘルシーというイメージはありませんが、でも、定番として確立している強みがあります」

◆成功の秘訣‐‐混乱防ぐ動線作り

この店の3つのブランドの中で、売上げが一番高いのはダンキンドーナツだ。しかも、その売上げの6割が飲み物。寒い時には熱い飲み物が、暑い時には冷たい飲み物が売れ、売上げは一年中安定している。

店舗運営の効率化もマルチブランディングの大きな利点だ。

「ドーナツは朝が一番忙しいのですが、反対にアイスクリームは朝は売れず、また季節性がある。サンドイッチは昼と夕方がよく売れるので、うまい具合に3つのバランスが取れている」とラオさん。

ただし、初期はオペレーションがかなり難航したようだ。きちんとスタッフのローテーションが組めるまで、試行錯誤があったと述懐する。

現在は、朝は8人のスタッフをダンキンドーナツに、2人をサブウェイに配置し、バスキン・ロビンズには1人も配置しない。しかし、客が来ればスタッフが移動してフレキシブルに対応する。スタッフが一番多いのはランチタイムで総数16人。反対に一番少ない時間帯は、朝からのシフトが終わる午後5時ごろで総数6~7人。何よりも、状況に応じてフレキシブルに対応できることが重要だ。また、2~3ヵ月ごとに販売スタッフの担当ブランドをローテーションさせている。

しかし、3つのブランドが1店舗に入っていることで、客側に混乱はないのだろうか?

「レジは別々。それぞれが有名ブランドなので、特に混乱はない」とラオさんは答える。

だが、3つならまだしも、5~6つのブランドを1店舗に入れるのは難しいのではないだろうか?

「この店舗ではスペースの制約があって無理だが、多くのブランドを共存させることは可能。すべて場所次第、アレンジ次第。例えば、大きな円形のカウンターを使えば、多数のブランドが共存できるはず」と言う。

◆マルチブランディングのリーダー ヤム!ブランド社

KFC、タコベル、ピザハット、ロングジョンシルバーズ、A&Wを所有し、100余りの国と地域に3万4000店のレストランを展開する世界最大の外食企業「ヤム!ブランド社」も、マルチブラド店を“ドライブスルー以来のファストフード業界における革新”として、戦略的に推進している。

ヤム社が、タコベルとKFCのマルチブランディングを手掛けたのは1992年のこと。いまや5つのブランドをさまざまに組み合わせた2800店ものマルチブランディング店を展開(米国内)している。

これは、同社が手掛ける米国内店舗の15%に達する。今年中には新たに550軒のマルチブランド店を出店する予定だ。一番多い組み合わせはKFCとタコベルで、昨年の6月時点で668店。次に多いのがピザハットとタコベルの組み合わせで588店。新規マルチブランディング店の4分の3は、既存のシングルブランド店のマルチ転換だ。

ヤム社のヴァージニア・ファーガソン広報担当官によると、「マルチブランド店は、シングルブランド店よりも年間売上げが20万ドルから40万ドル(平均25万ドル)多い」と言う。

また、同社のマーケティング調査では、客はマルチブランディングをシングルブランドよりも6対1の比率で好むという結果が出ている。

伝説のマフィア、アル・カポネも食べたというホットドッグの老舗、ネイサンズ・フェイマスも、マイアミ・サブグリルとケニーロジャーズ・ロースターズ、アーサートリーチャーズ・フィッシュ&チップスを傘下に置き、積極的にマルチブランディングを展開している。

フローズン・ヨーグルトのメーカー&フランチャイザーのTCBYも、マルチブランド店を積極的に推進するチェーンの一つだ。実は、フローズン・デザートにとってはマルチブランディングの魅力は大きい。ほかのブランドが引き込んだ客がTCBYのデザートをオーダーするため、TCBYの弱点だった季節性の問題を克服している。

また、どのような料理とも競合しないので、きちんとすみ分けもできる。TCBYの相手側にとっても、デザートの調理スペースを省ける。また、ネームバリューのあるブランドと組めば、集客のテコ入れ策にもなり得る。

◆組み合わせ次第で成否 新規チェーンにとっては既存ブランドが信用力に

総合的に見ると、マルチブランディングの利点としては、

(1)1店舗単位ではコストアップになるが、1ブランドあたりのコストは削減し、資産運用が効率的。

(2)それぞれのブランド力を結集して嗜好の違う客同士を集客できる。

(3)ピークタイムとアイドルタイムを使い分けしてスタッフを有効活用できる。

(4)新メニュー開発や市場調査の時間的・金銭的投資を削減できる。

(5)新規チェーンにとって、既存のネームバリューのあるブランドと組むことは、大きな信用力となる。

などがあげられる。

ただしマルチブランディングは、競争し合うのではなく、補完し合い、相乗効果をもたらさなければならない。それがフードコートと異なる点だ。当然のことながら、すべての組み合わせが成功するとは限らない。ローストビーフサンドイッチのアービーズと、メキシコ料理のグリーンブリートーとの組み合わせは失敗に終わった。今では、ハンバーガーのカールス・ジュニアがグリーンブリートーと組んでいる。アービーズは、シナモンパンのT.J.シナモンを傘下に置き、デュアル・ブランディングを打ち出している。有力チェーンは、ニッチ市場に強い地域的なブランドを買収しようと模索しているといわれる。

ファストフードは、「いつどこでも一貫して同じメニューが食べられる」という安心感がある半面、メニュー数には限りがある。異なるブランドを組み合わせれば、メニュー数が増え、選択肢が広がり、客足を伸ばせる。また、既存の有力ブランドは、すでに市場で認知されているため、リスクが低く投資も少ない。ファストフードの長所を強調し、短所を補い合うマルチブランディングが勢力を拡大しているのは、自然の成り行きといえよう。

外食コンサルタントのスティーヴン・ゼゴール氏も、「単一ではなく、複数の要素で集客することは、一般論からしても有意義だ。1ブランドの店舗運営コストを圧縮し、立地を有効利用し、売上げアップが明白なマルチブランディングは、今後もさらに広がるだろう」と言う。

マルチブランディングは、まだ初期の段階だ。ヤム社をはじめ、CKEレストラン、アービーズ、ネイサンズなどの有力外食企業は、今後も積極的にマルチブランディングを推し進める方針だ。

◆マルチブランディング店プロトタイプ ヤム!ブランド社

マルチブランディングは、理論上では納得のいく選択だが、実際に手掛けてみると、いろいろな課題がある。

そもそも、2つ以上の異なるブランドを同じ屋根の下にうまく同居させることは、一筋縄ではいかない。どのブランドを前面に出すか、もしくは、すべて平等に扱うか。混乱を招かないように、どのような客の流れを作るか。メニュー構成はどうするか。レジは別にするか、1つにまとめるか。厨房は2倍以上に増えるメニューに、どうやって対応するか。

プレゼンテーション上、オペレーション上の課題はあまたある。

マルチブランディングの先駆、「ヤム!ブランド社」では、「ヤム・マルチブランディング・ビルディング・デザイン」と称して、新規マルチブランド店の建築設計やオペレーションを標準化している。ヤム社によると、「外観、インテリアのイメージ、コンセプト、システム、サービスタイムなど、すべての点で改良した」ということだ。

プロトタイプの店舗には、2つのタワーがあり、投入される2つのブランドのロゴが一目瞭然でわかるデザインになっている。中に入ると、客は壁面に張られた大きなメニューに導かれていき、そこから自然と流れに乗れるようになっている。

構造を簡略化し、わかりやすくしたというメニューは、識別しやすいようにブランドごとに左右に分け、色使いも変えている。共通の飲み物は中央に並べ、セットメニューは各ブランドの左右に分けて、写真で一目瞭然でわかるように工夫されている。客席からは見えないが、厨房内も作業動線を機能的に改善したという。

ファストカジュアル並みにアップスケールにしたというインテリアは、天井が高く、客席もいろいろなタイプのものが用意されている。また、店内がわかりやすいように左右対称に2つのブランドに分け、それぞれのブランドの絵を壁に飾っている。

ヤム社によると、「客の目に入るすべてのものにブランドを強調し、印象付けるようにした」と言う。また、「アメリカ国内だけでマルチブランド店は1万3000店が可能」と言う。

こうしたプロトタイプを生かして、サービスやオペレーションの向上を図り、投資コストを削減しようとしている。

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