料理の潮流トップシェフインタビュー:四季旬彩桜ヶ丘代表兼総料理長 久保友彦氏

2006.05.01 314号 11面

老舗の京懐石を渡り歩き、2004年渋谷に手ごろな価格で懐石料理を提供する「四季旬彩 桜ヶ丘」をオープン、1年後に六本木で本格懐石の店を開き、一躍2店の繁盛店の経営者となった久保友彦総料理長。伝統の中にも自分のカラーを表現し、オンリーワンを目指す久保氏に、業界の展望を聞いた。

‐‐和食業界の変化を、どう見ていますか。

久保 30~40代の若い人たちが、いい意味で懐石料理の殻を破りはじめましたね。バブルのころは、ともかく単価を上げるために、品数や内容が過剰になっていました。それに対し「これでいいのか」という疑問が出てきて、本来の姿が見直されてきた。8000円、1万円で力のある料理を出すところが増えてきました。

景気が悪くても、お金を使わないわけではなく、高級車だってバンバン走ってます。ただ、モノの価値に対して、正当な対価を払うようになった。

僕らの業態は、居酒屋に比べて3倍の価格なら、本来は3倍感動させないといけない。懐石だから、この道20年だからと、おごっていては、お客さまに見放されてしまいます。これだけ飲食店があれば、おいしいのはプロなら当たり前。

僕はよく「1万円のコースで、1万円の料理を出してはいけない」と若い子たちに言います。また料理だけでなく、サービスを含めたトータルバランスが、価値になる時代。お客さまに実際の価格より高い価値を感じていただければ、印象に残り、また誰かと来ようとなるんです。

‐‐伝統ある業界で生き残っていくためには。

久保 伝統といっても、戦前からの献立を引き継ぐだけでは、時代に合わなくなっています。伝統の継承と文化とは、別物だと僕は思う。伝統とはデッサンのようなもので、そのキャンバスに僕らが、自分たちの経験や時代の色を塗り重ねていく。それが大衆に受け入れられれば文化。

これからは、何でも一番を目指すのではなく、オンリーワンの時代です。他の店にはない個性を出して、「おいしいね」と言わせた方が勝ち残る。僕も和食の食材や調理法にはこだわらず、僕がおいしいと思ったものを出しています。

和食の業界は、変わらないことに意固地になっている部分がありますね。僕の世代は、ちょうど中間の世代で、日々葛藤の毎日です。

次の世代に、どうバトンタッチするかも課題。「料理は理をはかる」と言いますが、意味を知らなくて、言葉だけを次の世代に伝えても、本質は伝わらない。僕はかつての師に「君は調理人になりたいのか、料理人になりたいのか」と聞かれたことがあります。心のある仕事ができるのが料理人。でもいまは調理という作業に重点が置かれてしまうことが多い。だから格好が良くても心がない。

また、今の若者はコミュニケーションができない。たたかれると、もろくてすぐ辞めてしまいます。日本人の美徳は忍耐だと思いますが、それがなくなってきた。日本料理をやろうと思ったら、僕は相撲が原点だと思いますよ。厳正な審判制度からなる実力社会。お客さんに評価されて、店を繁盛させて、初めて認められる。でも横綱になっても、ガッツポーズなんてしない。ただ黙って頭を下げる。そうした美学が日本料理の世界にもあった。

‐‐今後の課題は。

久保 やはり次の世代を育てることです。いまはコメ俵から一粒のコメを探すくらい、いい人材を探すことが大変。和食に限らず、若者が職に付かなくなっています。

ひとつは、若者たちにとって目標となる夢がない。昔は、出世すれば偉くなって、生活も良くなるというあこがれがあり、それに向かって必死に努力した。

いまは、まずリストラや不景気で、上に立つ人間に余裕がない。若者たちから見ても、うらやましく思えない。若者自身も、修業で10年辛抱するなんてできないわけです。

お客さんが高いお金を払って下さるのは、料理人の高い技術や感性に感動するから。それができるのがプロのステージです。しかし次世代の料理人を育てられなければ、本物が本物でなくなってしまう。

和食の世界を、もっと魅力ある世界にしなければ。たとえば修業のあり方も、短い期間ですぐ結果が出せる目標を与えて、レベルアップしていけるように、業界全体で考えていかなければならないでしょう。

◆プロフィル

くぼ・ともひこ=1967年柴又の老舗「川魚料理川千家」ののれんわけ「小岩川千家支店」の長男として生まれる。85年高校を卒業後、新宿「京懐石 京いづも屋」で修業。ホテルニューオータニ「日本料理 慶屋」、赤坂「料亭佐藤」、西麻布「ゆず亭」(副料理長)など、主に京料理を修業。2002年上野毛「季節料理 しの原」オープンに際し、料理長に就任。04年5月に独立、渋谷に「四季旬彩 桜ヶ丘」を出店。05年9月2号店となる「六本木 桜ヶ丘」開店とともに2店の代表兼総料理長に。

◆「四季旬彩 桜ヶ丘」(東京都渋谷区桜丘町22‐22、電話03・5784・3634)

◆「六本木 桜ヶ丘」(東京都港区六本木6‐8‐21、SKビル1F、電話03・5770・5250)

◆シェフの愛用食材 三陸のアワビ

春から夏にかけてのコース料理に欠かせない食材です。アワビの産地の中でも、三陸は身が締まっていて、品質も安定し、大きさも手ごろ。刺身もいいが、火を通しても硬くなりにくいため、煮物、焼き物にも適しています。

ウチの店では、2時間酒蒸しをしたあとに焼いて、ステーキとしてお出ししています。食感がフワフワと軟らかくなり、年配の方にも好評です。

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