お店招待席:「栄光」質良く大衆価格で

1994.05.23 52号 10面

店の看板に「まごころ料理・四季の味」とある。この店の売りものは質のよい料理を気軽な雰囲気で、しかも大衆価格で提供していることだ。

店主兼料理人は向後勇さん(47)で、この道三〇年のプロであるほか、日本料理の師範の腕前をもつ。

この店は独立開業の店だが、独立以前は東京・九段下の割烹料理店「やすくに」で料理長をしていた。この店を最後に独立し、念願の“一国一城の主”となって、自らの店をもったわけだが、ここまでくるには厳しく、長い修業を積んできたというのはいうまでもない。

向後さんは千葉県銚子市の出身で、実家が飲食店を経営していたことで、将来は料理の道に進もうと心に決めていた。それで高校(銚子商業)を卒業すると同時に上京して、大森の老舗の料亭「小菊」に弟子入りし、その後、銀座や新小岩、新宿、浦和など多くの料理屋で修業を積んできた。

その間に料理界の恩師となる岡嘉弘氏と銀座の料理屋で出会い、日本料理の技術、知識の面で多くの指導を受けた。

岡氏は六年前に故人となってしまったが、生前は日本料理の師範として第一線で活躍するとともに、(社)日本全職業調理士協会理事や(社)日本料理研究会師範のポストにあって、料理人の育成などに大きく貢献のあった人だ。

向後さんはこの人の薫陶を受けたわけだが、向後さんも十数年前に日本料理師範の資格を取得するなど、師の後を追って高度の技術と知識を会得している。

しかし、向後さんは料理人が技術や知識を習得することは当たり前のことで、それにプラスしてコスト意識や経営感覚を身につけることも大事なことだという。

「料理の技術や知識にプラスして要は数字に強くなるということなんですが、でも日本料理は『心』というのが大事ですから、センスを磨き、人間を磨くというのも重要なことで、単に売上げとか利益の追求ばかりでは、いい料理は作れないと思うのです。やはり、お客様にどう満足していただくか、このことが一番のポイントではないかと思うのです」(向後さん)

この店は昭和58年11月に開店し、今年で一一年目を迎えるが、昨年10月、七〇〇万円をかけて改装し、新しいコンセプトでリニューアルオープンした。

店舗面積二三坪、客席はカウンター三、テーブル三二、座敷一八の計五三席で、気品のある小料理屋の雰囲気で高級感があふれている。

以前の店は低価格志向で客の入りやすさを考えて、内装もシンプルな店づくりであったが、改装にあたっては質のいい料理を大衆価格で、しかもいい雰囲気で提供するという考えで、現在の店構えを実現した。

「店を改装し高級感にしたといっても価格はそのままで変わっていません。店を改装すると料金を上げる店が多いんですが、私の店ではわざと前の古いメニュー表を使うなどして、お客さんに安心感をアピールしています」(向後さん)

向後さんは店の改装で客が減るかと心配していたが、店の高級感でかえって客数が二、三割増えたという。やはり、いい雰囲気でおいしい料理を大衆価格で提供するというコンセプトが、客のハートをつかんだということだ。この結果、固定客が八割にもなっている。

料理は刺し身、焼き物、揚げ物、煮物のほか、季節料理や鍋物などほとんどのものを揃えている。

料理の中心価格は四〇〇~五〇〇円前後だが、この中にあって自慢メニューは鯨の刺し身と石焼きだ。捕鯨の禁止で鯨は手に入りにくくなっているが、この店では独自の仕入れルートで確保。メニューはミンクとシロナガスの刺し身(九八〇円)やベーコン(七五〇円)などを提供している。

石焼きは富士山の溶岩プレートで焼くというユニークなもので、これで焼くと煙が出ず、しかもまろやかに焼ける。料理は肉類と野菜の「信玄焼」が一三八〇円、シーフードと野菜の「謙信焼」が一七八〇円。これらメニューは二人前以上のボリュームがあって、しかも野趣味があるので、とくに若いカップルの間では評判のものだ。

酒は越の誉の生酒や吟醸酒、賀茂鶴の清酒などが売りものだが、もちろん、ビールやウイスキー、焼酎などもおいている。

客層はサラリーマン(八割)やOL(二割)が中心で、日中はランチサービスもやっている。代表メニューはさかな定食七〇〇円、すきやき定食八〇〇円、スタミナ(鉄板焼)定食八〇〇円、このほか、牛すきやどんぶり五〇〇円、海鮮栄光どんぶり九八〇円など。

客単価昼七〇〇円、夜二〇〇〇~三〇〇〇円。日商二〇万円前後で、坪売上げ八〇〇〇円以上と高収益の店だ。

食材原価率三四~三五%だが、材料は二日に一回の割合で向後さん自身が築地の河岸に出かけて仕入れている。いい材料を適正価格で買入れるために、他人任せにはできないからで、この心意気と努力が質のいい料理を大衆価格で提供できているということだ。

(しま・こうたつ)

・住所/東京都千代田区九段南三‐八、丸中ビル地下

・電話/03・3265・9080

・営業時間/ランチタイム午前11時~午後2時、夜5時~10時、日・祭日休み

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