チェーンストアのここに学べ:「てんや」の場合(上)
ファストフードなどに見られる調理の合理化によるチェーン展開は、簡単な調理だからできるので、和食のように職人が必要な世界では無理だと思っている人が多いようだ。できないと思うことは可能性をつぶしてしまうことになる。和食の職人の世界に調理の自動化と味付けにノウハウを導入しチェーン化している「てんや」を見てみよう。
てんやは、職人芸の世界であった天ぷらの作業を分析し、コンベヤーフライヤーで品質を高めながら作業を自動化する方式を考案した。そのノウハウ開発の手法を見てみよう。
てんや社長の岩下氏は日本マクドナルドの創業のメンバーで、建設部の次長を務めていた。そこで米国流のチェーンオペレーションを身につけた氏は、複数の同僚とサンドイッチハウスのチェーンを作るべく独立を図った。しかしながら、サンドイッチという進んだコンセプトは日本では早すぎ、数年で事業を解散した。その後、氏は和食店の経営に長らく携わり、難しい職人芸を機械化で補ってチェーン化することを考え出した。そのコンセプトを考えるに当たって、天ぷらの歴史、調理法、特徴と問題点を分析し独特の調理法を編み出した。
“天ぷら”の歴史と調理方法
天ぷらは戦国時代の末期にポルトガルから長崎を経由し日本に伝来した料理であるといわれている。キリスト教徒の多いヨーロッパでは金曜日に魚を食べるが、魚の生臭さを消すために天ぷらバッターをつけフライにしたのである。天ぷらは江戸にきて江戸湾の近海魚のおいしい調理方法として発展したのである。天ぷらの命は、揚げ立てのあつあつのものを衣がカリッとしているうちに天つゆにつけジュッという音がするのを食べるのが最もおいしいのである。そのためお座敷天ぷらとして現在に至り、庶民の食べ物からやや高級な食べ物になっていったのである。
<衣>
お座敷天ぷらは近海魚やエビなどの具を食べるものである。新鮮な具をさっと油をくぐらせ、あつあつの状態でカウンター席で食べるのである。揚げ立ての天ぷらであれば衣の量は少しでよいのである。衣が厚くては味がしつこくなり、数多くの天ぷらを食べることができず売上げが上がらない。お座敷天ぷらのエビ天は棒揚げといい、衣を薄くつけ軽く揚げているだけである。一般的な衣は薄力粉と卵、水のみである。衣は魚などの具の回りに付着し揚げられる時に含んだ水分が蒸発し油に置き換えられる。衣が具の水分の蒸発を妨げ、乾燥せず柔らかく調理できる。
天丼は高級なお座敷天ぷらから発生したものではなく、そば屋などでの丼ぶりものから発生したものである。そば屋の天丼は具のエビを食べるのではなく、エビの周りについた衣を食べるのである。これは二つ理由がある。一つは値段を抑え価値を出すため。もう一つは、ご飯を食べるためにたれの味をよく染み込みやすくするためである。衣を十分につけるため、華を咲かせることが必要になってくる。華とは、エビに衣をつけて揚げた時、さっと衣が広がり、カリッとした歯ざわりになることを言う。
天ぷらの衣をカリッとさせ、華を咲かせるには薄力粉をとぐ時に、タンパク質のグルテンの粘度を出さないように、冷水で手早くとぐことが重要であるが、さらに、ベーキングパウダーを入れたり、デンプンを加えタンパク質の比率を抑えた専用の天ぷら粉を使用する。さらに、エビを油に入れてから、その上に菜箸に衣をつけ糸のように垂らし、きれいに華を咲かせるのである。また、棒揚げの場合であればエビなどを単に天ぷら鍋に投げ入れれば良いのであるが、花を咲かせるためにはエビの形を整える必要がある。最初は衣をつけたエビを鍋の縁の浅いところで形を整える。浅いところを丘という。形を整えながら、華を咲かせる。形が整ったら油の深いところ(海)にもっていき火を通すのである。
<油の品質>
天ぷらは近海魚を揚げるため生臭さを消す必要があり、油のにおいの強いごま油などを使用したのである。当時は天ぷらは庶民の食べ物といってもやはり、しょっちゅう食べられるものではなく、食べた時の満足感が必要であり、ごま油のくせの強い味が好まれたのである。
しかし、しょっちゅう天ぷらを食べるようになると、余りくどい油では胸焼けを起こすので、だんだんさっぱりした精製度の良い油を使用するようになった。現在では菜種油や大豆油などの白締め油を天ぷら油として使用しているが、最近ではそれをさらに精製しさっぱりさせたサラダ油などが使用されている。
油の品質でもう一つ重要なことは、新鮮な油を使用しているかということである。新鮮とは油が酸化していないかということである。日本は油の酸化に対する基準が最も厳しい国である。保健所は最近、使用している油の酸化度の抜き取り検査を実施している。日本で油の酸化に対する基準が厳しくなったのは、揚げ物が多いせいである。最も油を使用する業界は、インスタントラーメンである。インスタントラーメンの麺を油で揚げ、アルファー化しているのである。油で揚げた麺をすぐに食べるのなら問題はないが、揚げた麺を袋詰めし、小売店の店頭に何ヵ月も並べて常温で販売すると、店頭で太陽の直射日光を浴び、あっという間に酸化する。それを食べるとお腹をこわすなどの食中毒が発生するのである。そこで日本独自の厳しい油の酸化基準が定められたのである。現在では使用する油の酸化度は二・五以下でなくてはならないのだ。これは店舗で油を毎日加熱すると、たいして量を揚げていなくても、三~五日くらいでその数値に達してしまうほど厳しい水準である。この基準を超えた油は廃棄処分にするほかはない。油の味に対する影響は大変強いものがある。毎日油を捨てるようであるとコストに与える影響は高い。天ぷらでコストが高いのはエビなどの具であるが、油はその次に高いコストなのである。
天ぷらの場合衣重量の一〇~五〇%が油である。そこで毎日揚げる天ぷらの量が多く十分に油を吸い取ればその分、さし油をしなければならない。これを油の回転率という。毎日鍋の揚げ油と同じ量のさし油をする場合、油は一回転するという。一日に一回転すると油の酸化度はあまり進まず常に新鮮な状態を保つことができる。
<香りなど味の秘けつ>
天ぷらの好ましい香りは、小麦粉中の遊離アミノ酸と、揚げ油のリノール酸が加熱されることにより発生する。そのため、タンパク質を含んだ小麦粉で天ぷら粉をつくり、リノール酸を多く含んだ大豆油、菜種油、ごま油などで揚げるのである。
この歴史を見てみると、天ぷらや天丼は元々庶民の食べ物であり、安く提供できれば大きなビジネスチャンスがあるのではないかと考え出した。
しかし、天ぷらを安く調理することでチェーン化を成し遂げるには三つの問題点があった。
(1)油っこい味
安くして経営を成り立たせるには客の来店頻度が高くなくてはいけない。毎日食べても飽きない味を出さなくてはいけない。天ぷらは油で揚げるという宿命から衣に油が余分に吸い込まれ胃にもたれるという欠点があり、毎日食べることはできなかった。
(2)天ぷら職人
毎日食べられるようにするには値段も安くしなくてはいけないし、チェーン化をするに当たり人材育成が容易でなくてはならない。従来のように育成に何年もかかる職人を使っていてはできない。何とかアルバイトでもできるようにしようと考えた。
おいしい天ぷらを揚げる上での技術は、油の温度と時間のコントロールだ。揚げる食材によって温度を変えたり、時間を調整するわけだ。あまり一度に食材を入れると油の温度が下がり、衣が油を多めに吸収し脂っこくなる。温度が高かったり、時間が長すぎると、エビなどの食材に火が入りすぎ、身が縮み堅くなっておいしくない。
(3)安定した安価な食材の確保
天ぷら定食や天丼では日本人の大好きなエビと野菜を使わなくてはいけない。新鮮なエビは高価であり従来の天丼は一〇〇〇円近くもしていた。天然のエビを使えば当然おいしいが、天候などにより相場が上下し、適正な原価率を維持できない。
養殖のエビでも市場を通していてはやはり値段の変動はさけられない。そのため安いそば屋の天丼は華を咲かすといって衣を大きくしてエビの小ささをごまかさなくてはならなかったわけだ。
(次号につづく)
((有)清晃代表取締役・王利彰)