焼き肉最新動向 シェフと60分 「叙々苑」新井泰道社長 焼き肉を懐石に

1998.08.03 157号 5面

「牛肉は食べ物の王者です」。のっけからそう切り出した。「それを最大限に生かすのは焼く方法であり、焼き肉の味つけは韓国・朝鮮風が一番深くておいしい。一度食べたら忘れられない味です」と、話の中心はもっぱら焼き肉のうまさへ。料理人出身の新井社長だけに、数字より味の方が常に気にかかるようだ。

「味つけ方法も最近の焼き肉ブームに乗じて洋風、和風、中華風と出てきたが、すべて中途半端。初めて焼き肉を食べる人に、ローストビーフやステーキまがいのものが焼き肉と思われるのは困る」と手厳しい。味への執拗なこだわりは、東京の全焼き肉店の一〇%近い売上げを上げるに至った叙々苑を築き、焼き肉業界を率いてきた最も大きな理由なのだろう。がしかし、むろんそれだけではない。

焼き肉のイメージを覆しメーンストリートの最高の場所に高級店を構えた「叙々苑」。画期的な出来事であった。「焼き肉はどこでやっても仕入れ値はだいたい同じ。建物に関しては最初にお金がかかるだけだし、家賃だって二、三割高いだけの高級地で客単価を高くとる方向を考えるのがごく自然ですよね」。確かに料金はほかより高い。

考えてみれば、味にもサービスにも最初から料金の設定はない。「安くして繁盛させるというのは単なる金儲け。商人として板前としては、高くてもお客さんに納得して来ていただいて繁盛することが生き甲斐なんです」。ぜいたくするための商売ではなく、「従業員とともにいい店をつくる夢を追うため‐‐」、と力をこめる。

「バイキングをしていると従業員が誇りを持てなくなってしまう。お客さんは自分たちのサービスで来たわけではないと思いますからね。料理人だっておいしくて来たとは思わないし、お客さんをバカにすらしはじめる。こんなこといいわけないです」

だからこそ、料理もサービスも、従業員が自らを誇れるような、ほかにひけをとらない超一級だ。

料理内容は韓国料理をルーツにし日本人に合ったメニューの掘り起こしを考え、演出方法にいろいろなアイデアをこらす。また従業員の制服は、白衣でなくスーツに蝶ネクタイにした。

「サービスってのは、一流ホテルと料亭のおかみをたして二で割ったものかな。ホテルはスマートだけどクール。クールさを引いて愛想のいいおかみのあったかさを加えるといいね」

二〇〇〇年に売上げ一〇〇億円を見込む叙々苑。その勢いは止まるところを知らないが、人材不足には頭を悩ませている。

「外食は夢がないと思われている。三〇年働いても給料が上がらないんじゃだめ。三年に一店、五年に一店でも出店して少しでも前に進むことが大切。がんばればチーフや店長になれる夢が持てれば一生懸命働く気になれる」

役員クラスには車を与え、年収は一〇〇〇万円以上。だからこそ、下の者は将来への希望が持てると考えている。

そのためにも経営者がすべきことは一つ。「数字の計算をするよりもどうしたら少しでも多くのお客さんに来てもらえるか考えること。だれにも負けないくらい考えぬくこと。私などそれはもう日々闘いですよ」

焼き肉料理の新メニューを次々に考案、ブームの立役者となる。たとえば、タン塩にレモンだれ。今でこそどの店でもあるメニューだが、叙々苑では二二年前にすでに提供ずみ。タンが安く利益率もよくどんどん売れたという。海鮮のエビやホタテを最初に取り入れたのもそうだし、松や笹を敷きだしたのもそう。

叙々苑の独走体制、どこも追いつけないのが現状。「大半の焼き肉店が昔から同じやり方で発展性がない。日本人に合ったオリジナル料理やサービスを時代にそって考えてゆかなくちゃいけないね」

店舗展開は徹底した都心型。秋には新宿に地下一階と一階が店舗だった「游玄亭」を七階までビル丸ごと買い占め、新規オープンさせる。延べ五〇〇坪の店舗は全国でもまれだ。

「都心の和食、中華、洋食店に負けない場所で負けない坪数の店をつくって初めて対等になる。あとは内容で勝負。絶対に負けない」と、自信をのぞかせる。

こまめに店を回りたえず様子をみて歩くのが基本。そんな現場主義から、限りないアイデアと未来設計がわき出るのである。

プロフィル

西の横綱が食道園の江崎社長なら、東の横綱は叙々苑の新井社長。全国焼肉協会の会長、副会長としてともに焼き肉業界を率いる。

一五歳で焼き肉店の修業に入って以来四〇年、業界に新風を送り込み常にリーダーシップをとり続けてきた新井社長。叙々苑の焼き肉を食べることをステータスにまで高めた功績は大きい。

料理人出身の経歴から味付けにはとても厳しい。断固として妥協を許さない姿勢には圧倒されるが、素顔は気さく。ゴルフが趣味だが「本当は友達とわいわい話すのが好き」と笑う。五五歳。

◆(株)叙々苑/代表取締役新井泰道/本社所在地=東京都港区六本木七‐四‐五、六本木稲垣ビル3F、Tel03・3423・2646/会社設立=昭和59年4月/資本金=一〇〇〇万円/従業員数=一一〇〇人(社員二五〇人)/年商=八一億円/店舗数=山の手線内を中心に三〇店舗

東京・六本木に一号店を出したのが昭和51年。無煙ロースターを導入し、店内やテーブルの装飾に気を配りサラダやデザートを出し、従来の焼き肉店のイメージを払拭。繊細な懐石料理の域にまで高めた。

最近では電気仕様の無煙ロースターを独自に開発。消防法で規制されていた高層商業ビル内への出店を、業界で初めて可能にした。

文・カメラ 片山よう子

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