忘れられぬ味(56)タカキベーカリー・高木俊介取締役社主「ヒュッゲな朝食」

この五〇年余り、さまざまなパンとそれを取り巻く食文化を求めてヨーロッパを中心に世界各国を旅して来たが、行く先々での一番のお目当ては、その土地ならではの朝食であった。ロンドンではホテルサボイ、ニューオリンズならブレナンと、ただ朝食のためだけにその土地を訪れたこともある。そんな数々の朝食の中で一番を選ぶとしたら、デンマークの片田舎で味わった朝食になるだろうか。

コペンハーゲンのあるシェラン島から海峡を渡ったフュン島のほぼ真ん中、童話作家アンデルセンの生誕の地、オーデンセから車で一時間ほどのところに「ファルスレッド・クロ」はある。このクロというのは、旅籠という日本語が似合いそうな、古い農家を改造して作られたホテル兼レストランのことで、デンマークでは各地に点在しているが、中でも「ファルスレッド・クロ」は素晴らしい内装とデンマーク一との呼び名も高いレストランとで、デンマーク人にとっても、あこがれの場所であるらしい。

その朝食メニューを紹介すると、フレッシュジュースから始まって、ヨーグルト、チーズとハムが三、四種類ずつ、敷地内で放し飼いをしている鶉の卵を使ったベーコンエッグ、もちろんデニッシュペストリーも含めた五、六種類の焼き立てのパン、自家製ジャムにフルーツ、ミルク、コーヒーという酪農王国ならではのもの。とりたてて豪華という訳ではないのだが、どれをとってもフレッシュであると同時に人の手をかけた温もりが感じられ、気持ちのよいサービスを受けながら味わうと、最高の一日のスタートとなった。

「Hygge(ヒュッゲ)」というデンマーク語がある。やすらぎや温もりに満ちた心地よい雰囲気という意味で、家族で囲む食卓もヒュッゲ、暖炉の前の語らいもヒュッゲ。人と人とのふれあいから生まれるのがヒュッゲで、デンマークの人々はこの言葉を実によく使う。お客様に本当においしいものを食べさせたい、心地よいひとときを過ごしてもらいたい、というホテル側の心遣いとその気を感じながら時間をかけて味わう客。料理を介して人と人との心がふれあう、まさにヒュッゲな朝食であった。

((株)タカキベーカリー取締役社主)

日本食糧新聞の第8864号(2001年6月29日付)の紙面

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