脳の“栄養失調”にご用心 アルツハイマーの犯人はうつ・ストレス
「食事はその人の人生観だ」‐‐脳と老化の専門家・高田明和浜松医科大学名誉教授は「生活習慣病予防のための極端な食事制限で、より良い人生を送れないのは本末転倒」と主張する。首から下の身体が健康でも、うつ病になったりボケてしまっては長生きの意味がない。そこで、できるだけ脳の機能を衰えさせない食生活術を高田教授に聞いた。
◆ボケの構造
ボケというのは簡単にいうと脳の細胞が死んでいくことです。その中でも、脳梗塞のように血管が詰まってしまって細胞が死ぬ「脳血管性痴呆」と老人斑という斑点などが急速にできてしまう「アルツハイマー病」があります。近年では、アルツハイマー病の人は脳梗塞になりやすいことが分かっており、区分けできなくなってきています。
老人斑は、正常な人の脳でも年を取るにつれて増えてきます。それが、アルツハイマー病では急速に増えます。急速に増える原因としては、(1)脳を打撲した場合(2)強度のストレスがある(3)脳を使わない(4)長い間うつ状態でくよくよしている(5)脳の栄養不足(6)脳梗塞‐‐などが挙げられます。
いまのところは、急速に老人斑が増えてしまってアルツハイマー病になってしまうと手の施しようがありません。しかし、急速に増える前に抑えることはできます。中でも一番大切なのが食べ物です。
◆脳の唯一の栄養はブドウ糖
私たちは、年中外部からいろんなエネルギーをとっていますが、脳はブドウ糖以外をエネルギーとして使うことができません。例えば、脳にブドウ糖がなくなると五分で意識がおかしくなってしまう。脳はブドウ糖を蓄えることができず、常に補給が必要です。もちろん、どんな食べ物も同じですが、糖分も取り過ぎてはいけません。ただ、脳の老化防止のために十分な栄養が必要で、そのエネルギーがブドウ糖ということです。
◆“すきやきで幸せ”はもっとも
いま、うつ病がものすごく流行っています。自殺者も増えており、私はこれは脳の栄養失調ではないかと考えています。
うつ病の人は「セロトニン」という物質が少ないため、医者に行くとその物質を増やす薬をもらいます。セロトニンは、トリプトファンという身体の中では作れない必須アミノ酸からできており、牛乳や卵、赤身の魚や肉に非常に多い。トリプトファンは脳に入らないとセロトニンにならなくて、その時には砂糖が必要です。だから、食後にケーキやデザートを食べたり、コーヒーに砂糖を入れる洋食は非常に理にかなっています。肉を食べて甘いものを食べれば、セロトニンは脳に入ってくるのだから、わざわざ薬を使わなくてもいいのです。
そこで問題になるのが、砂糖や肉をたくさん取ると心臓の血管に良くないということです。また、肉の中の脂肪酸であるアラキドン酸という物質は確かに血栓を作ってしまう。ただ一方で、至福物質と訳されるアナンダマイドという物質になります。私たちが、すき焼きや焼き肉を食べた後の満ち足りた気分はこのおかげで、私たちを元気づけてくれてもいるんです。うつを防ぐのは、ボケないためには大切なこと。だから、砂糖も肉もまったく食べないという極端なことはせず、普段の食事に取り入れることで、うつ病を防げるというのは非常にありがたいことです。
◆コレステロールと女性ホルモン
脳は神経の中に電流が通っており、その電流が漏電すると困るので脂肪の膜(コレステロール)で神経が取り囲まれています。コレステロールが少なくなると、神経の伝導がうまくいかなくなり、非常に不安になったり、キレやすい子供ができてしまいます。
もう一つは、女性ホルモンや男性ホルモンはコレステロールから出ます。
女性ホルモンというのは、神経を刺激してボケを防ぐため、アルツハイマー病の薬としても使われています。女性は更年期になって急に女性ホルモンが下がりますので、アルツハイマー病が男性より多い。だから、女性ホルモンの元になるコレステロールも、ある程度摂取することは必要です。
◆抗酸化物質、ビタミンも必要
老化とは身体が酸化すること。抗酸化物質としてビタミンCやE、βカロテンが必要です。年を重ねるとなるべく抗酸化物質を取った方がいいと思います。また、ビタミンB類の取り方も非常に大事です。B6、B12、葉酸というのは、脳の血栓を予防します。さらに、B12は脳細胞を刺激します。これが減るとボケやすくなります。高齢になると、B12が吸収できなくなり、欠乏症になってしまうのです。だからビタミン類の補給は非常に大切です(3面表参照)。
◆積極的に生きてこそ人生だ
六〇歳を過ぎたら心筋梗塞になる確率が高くなるから、生活習慣病予防のためにも糖や肉などを控えた方がいいとよくいわれます。
では、いったい食べ物とは何のために食べるのでしょうか。食べ物というのはその人がより良く生きるためのものなのです。その人にとって一番大切な人生の目的のために、積極的に生きてこそ人生でしょう。将来の脳梗塞や心筋梗塞を極度に恐れて野菜だけを食べ、家の中にじっとして青白い顔をして、うつになってしまうことに人生の意味を感じますか。
より良い人生を送れなくて、生活習慣病を予防するなんていうのは、本末転倒も甚だしいことです。
●プロフィル
高田明和(たかだ・あきかず) 1935年静岡生まれ。61年慶應義塾大学医学部卒。66年同大学医学部大学院修了、米国ニューヨーク州立ロズエル・パーク記念研究所に留学。72年ニューヨーク州立大学助教授を経て、75年浜松医科大学第二生理学教授。01年浜松医科大学を退官、名誉教授。現在、日本血液学会、日本臨床血液学会、日本血栓止血学会評議員。主な著書に『元気な脳の育て方』(ポプラ社)、『ボケ、寝たきりにならない30の方法』など多数。
●ボケ、寝たきりにならない30の方法』高田明和著・中経出版、1400円
「いつまでも健康人間」でいたい…。誰もが願うことだ。脳の健康という側面から30の具体的な方法がぎっしり。分かりやすい脳の仕組みから、食べ物によるボケない脳の作り方を詳しく解説。「毎日のちょっとした習慣が人生を変える」