ようこそ医薬・バイオ室へ:我が家のブームはテンペと煎酒

2004.11.10 112号 9面

いま、我が家のブームはテンペと煎酒(いりざけ)だ。

テンペについては、最近テレビでも取り上げられて、村おこしで作られたり、スーパーでも納豆の棚近くに置いてあったりするので、すでに試しに食べてみた人も多いと思う。

一応簡単に説明すると、大豆の煮豆をテンペ菌(リゾプス菌)という白カビで発酵させたインドネシアの伝統食品だ。多くは板状の豆の固まりで、表面が白く、包丁で軽く切れるくらい軟らかい。アメリカでは二〇年ほど前からブームになって、豆腐、豆乳とともに大豆食品のビッグ3といわれ、代表的なスローフードとなっている。

テンペ菌はハイビスカスやバナナの葉などにいる白カビの一種で、カマンベールチーズのペニシリウム菌や、みそや酒の原料となる麹(こうじ)のアスペルギウス菌のようなもの。納豆が大豆の煮豆をワラに包んで放っておいたら、ワラについていた納豆菌で発酵しておいしい食品になったように、煮豆をたまたまハイビスカスの葉に包んだのが始まりだったのだろう。

よく、「インドネシアの納豆」という表現をされるようだが、テンペは納豆のように糸を引かず、例の臭いもない全くの別物で、カマンベールチーズのように表面が白く、豆そのものの香りがある。栄養的にも、大豆タンパクが発酵によって吸収されやすくなったり、生活習慣病の予防に役立つリノール酸、ビタミンB群、食物繊維、レシチン、サポニン、イソフラボンなどを豊富に含んでいて、特に納豆が食べられない人にお勧めだ。

味は淡白なので、スライスしたり、ちぎったり、つぶしたりして、コロッケやハンバーグに混ぜたり、素材として使うとよい。我が家では、そのまま炒めて、先の煎酒をつけて食べることが多い。

で、その煎酒だが、江戸時代初期までは、もっとも一般的な調味料であった。

刺身に関する最も古い記述とされる室町期の「鈴鹿家記」にも、「鯉のさしみにわさびの煎酒」とあるほど由緒あるものだ。しかし、江戸時代に関西から醤油が入り、関東でも醤油の生産が始まって、上方の醤油に対して「濃口醤油」と呼ばれて生産量が増えてくると、それまでの煎酒は作られなくなってしまった。

煎酒の作り方は、発酵食品(または醸造食品)である醤油よりも随分簡単で、日本酒に梅干しと花がつおを入れて、コトコトと煮詰める。かつおの出汁(だし)が非常に効いて、淡白な白身魚やイカの刺身などに非常に合う。醤油だと少ししか刺身につけないが、煎酒だとたくさんつけたくなる。

それで、長らく煎酒を生産するところもなかったのだが、昨年(二〇〇三年)和装小物屋であった銀座三河屋が、銀座八丁目に和食の原点を求めて江戸スローフードの店を出し、そこで購入できるようになった(通販もあり)。三河屋の煎酒は、梅酢を使用し、塩分は一般的な醤油より四割少なく、まろやかで滋味深い調味料だ。

家では、スーパーの一番安い豆腐を買ってきて冷奴にかけたり、野菜のドレッシングに使ったりしている。古書にはコイなどの匂い消しや、卵料理に使うとよいと書いてあるらしいが、それはまだ試していない。

インドネシアで四〇〇年以上前から食されているテンペと、日本の室町時代の五〇〇年以上も前から使われ、一時途絶えていた煎酒が、我が家で出合うのも不思議な感じだ。古くて新しいものの組み合わせの妙を楽しんでいる。

(バイオプログレス研究所主宰 高橋清)

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