忘れられぬ味(25) シマダヤ社長・近藤郁雄 幻の信州うどん

総合 統計・分析 1997.12.17 8305号 2面

私は信州上田の在の農村で生まれ育った。大学から東京に出て食品会社に勤めて三十数年になる。仕事の関係で日本全国を回り、そのうえ旅行が好きで各地のおいしいものを食べ歩いてきた。山国育ちの反動か新鮮な海の魚に目がない。

ところが「忘れられぬ味」を一つ挙げるとなると、月並みかもしれないが、ふるさとの味、おふくろの味に帰着してしまう。戦中・戦後の物不足の時代を過ごし、飢えこそ知らないが、今からみると“素食”で、基本的には自給自足の食生活であった。

コメもとれたが、裏作の小麦による粉食が多かった。最近有名になった「おやき」も主食兼おやつであった。もちろんうどんは常食であり、自家用に製粉した粉から手打ちで食べるのが普通であった。また「ほうとう」や「おっ切り込み」に似たものもよく食べられていた。

私の「忘れられぬ味」は「おしぼり」と呼ばれるこの地方独特のぜいたくなうどんの食べ方である。要するに釜上げのうどんを独得のつけ汁で食べる。ダイコンをおろし、しぼり汁(ふきんでしぼるので「おしぼり」の名前がついた)に当地特産のくるみをすりつぶして入れ、さらに味噌を入れてかき混ぜたものをつけ汁とする。

ポイントはダイコンであり、この地方でとれる「からみ大根」という小ぶりのダイコンを使う。ちなみに私の実家では「支那大根」(正式の名前ではないかもしれないが、小ぶりの緑色のダイコン)を使う。

その方が甘みとコクがあるからである。くるみも昔は「姫ぐるみ」とか「鬼ぐるみ」と呼ばれた殻の硬いいくるみが良いが、今はほとんどないので「かしぐるみ」を代用する。

うどんは地粉の手打ちでなければならないが、これも市販の小麦粉しか手に入らなくなった。それでもこの「おしぼり」の味は素晴らしい。ダイコンとくるみと味噌(もちろん昔は自家製の手前味噌)の風味が絶妙で、あつあつのうどんと一緒に口に入れた時の豊潤な味は筆舌に尽くしがたい。幸いに信州の実家には母親が健在である。庭には大きなくるみの木があり毎年秋になるとたわわに実をつける。ダイコンさえ手に入れば作ってもらえる。今年も冬の帰省を楽しみにしている。

ところで、この「おしぼり」うどんを食べさせてくれる店はほとんど聞いたことがない。あまり知られていないうえに材料の確保と手間を考えると、商売にならないからであろう。信州といえばそばであるが、以上はうどんの話である。

蛇足であるが私の小学校時代のあだ名は「うどんこ」。名字を逆様に読んだだけの他愛のないものである。そして今はうどんのメーカーの社長をやっている。これも何かの因縁かもしれない。

(シマダヤ(株)社長)

日本食糧新聞の第8305号(1997年12月17日付)の紙面

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