忘れられぬ味(70) マル八村松社長・村松善八 「鰹」
目には青葉 山ほととぎす 初鰹
この「鰹」という魚は「サシミ・タタキ」と「鰹節」にして供するのが最高の利用法であろう。青葉若葉のころ黒潮に乗ってやってくる鰹を遠州灘で釣り上げて、まだ死後硬直(シゴコウチョク)中の鮮度が飛び切り良いのを海水と氷でキューと締めて冷やし、外見、背側は艶のある濃紺で、腹側は銀色に輝く肌に、ボーッとした幅広の縞があり(幅狭のはっきりした縞のものは脂が少なく、鰹節原料には良いが刺身にはやや劣る)、切った身は濃紅色にやや紫がかって(鮮度が落ちた時のブルー反応の紫色とは全く異なる紫である)、斜めから見ると虹色に輝く艶があるものが最上で、優しく美しい女性の肌のごとく、餅肌の食感があり、漁師はこれを「餅鰹」といい、これをネギ、ニンニク、ショウガ、シソなどの薬味で、生醤油で喰べれば、旨味の中に爽やかなほろ苦さがあり、これぞ本物の刺身、「忘れられぬ味」である。
また鰹節はすでにご承知の如く、鰹節ダシの野菜の煮物などに見られる如く、素材そのものの味を生かし、鰹節の豊醇な香味でつつみ、ほんものの味を引き出す役をする不思議な力を持っている。
サシミもフシも、旨味の基(もと)は、鰹または鰹節に含まれるエキス成分にあるのだ。
鰹節でいえば、鰹の肉に含まれる、イノシン酸とグルタミン酸の相乗作用が旨味の主役を成し、エキス中に含まれる各種アミノ酸と乳酸、コハク酸などの有機酸が脇役となり、微量の脂肪と低分子窒素化合物とグリコーゲンなどが演出役となって、それに焙乾とカビ付けによって醸成された豊醇で余韻のある香気が旨味と一体となって、バックミュージック(背景音楽)の如く、ほんわかと「忘れられぬ日本料理の味」を引き立たせるのである。((株)マル八村松社長)
日本食糧新聞の第8407号(1998年8月10日付)の紙面
※法人用電子版ユーザーは1943年以降の新聞を紙面形式でご覧いただけます。