忘れられぬ味(21)イカリソース・木村敏代表取締役、継承された家伝の味
初めにお断りしておきますが、これは決してアラスカで食べたロースト・ビーフではなく、わが家秘伝の味でもないということです。
大阪は朝日新聞ビルにあるレストラン・アラスカ、今は亡き料理長の飯田進三郎氏推薦のロースト・ビーフで、当家二代目幸次郎、すなわち私の祖父から三代目の親父へ、そして四代目の私へと代々受け継がれた味という主旨であります。
生活習慣病の代表的症状というべき糖尿を患い、早くからインシュリンのお世話になっていた親父は、おいしいものに目がなく、食べる質量とも、疾病に逆らうことなく、進んで仲良く付き合っておりました。
そんな親父が私の誕生日に連れて行ってくれたのがレストラン・アラスカで、小学校の頃と記憶しております。当時私の顔より大きな白い皿に、磨き上げた銀色のフォークとナイフ、ワゴンにのせて運ばれた大きなローストされた肉塊を、洗練された包丁さばきで薄切りに切って皿に盛ってくれたのが飯田シェフ、口に入れた一瞬、肉のもつ独特の甘い風味とジューシーな柔らかい品の良い味わいは、その後何度か味わったものと終始一貫変わりありませんでした。
二代目の祖父が、飯田シェフを大変ひいきに、このロースト・ビーフを食べに通い、三代目の親父がこれを継承し、そしてその恩恵を四代目の私が享受している、これ正に家伝の味であります。
白い山高帽みたいなシェフの正装に細身の、背はかなり高く、料理の説明、食後の感想など、ことこまかに聞きとっておられた飯田さんの料理に対する厳しさ、職人気質ともいうべきこだわり、ロースト・ビーフの味とともに私の記憶に鮮明に焼きついております。
所変ってロースト・ビーフを賞味することはあっても、飯田シェフの味に勝るものにいまだお目にかかったことはありません。
(イカリソース(株)代表取締役)
日本食糧新聞の第8675号(2000年4月14日付)の紙面
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