忘れられぬ味(36)伊藤製パン・高木暎一社長「意外な国の意外な味」
海外旅行の楽しみの一つは食事だが、時には救い難くもまずいものに当惑することがある。そこでつい和食や中華料理に走ることになっては、せっかくの海外旅行の楽しみも半減する。
先進国の中で英国の食事がまずいことには定評があり、長らくロンドンに住んでいてもこれは認めざるを得ない。ロンドンのローストビーフも有名だが、牛の飼育形態の違いから、米国の穀粉肥育にはかなわない。
そこで意外にお薦めなのがインド人、パキスタン人の経営するカレー屋で、タンドリなどの看板を掲げた店がロンドンの市中にはたくさんある。ただし非常に激辛なものがあるのでご用心。店の人によく聞くといい。
意外なものには逆もあり、フランス料理がすべて旨いわけではない。特にフランスのビーフステーキはいただけない。だいたい欧州大陸の牛の九割(英国は七割)は乳用種で、この副産物的な仔牛肉が主流である。それに衣をつけ、ワインを多用したソースで味つけしたものが多く、肉そのものの素材の味で勝負するステーキには向いていない。
アメリカも大味で量ばかり多く、辟易したという声をよく聞く。それもまた事実だが、探せば珍しいものはたくさんある。
そこで忘れられない味は東海岸の海産物、特にニューヨーク、ワシントンの生の蛤で、このチェリーストンや、小型のリトルネックは日本では食べられない絶品と言うべきであろう。ニューヨークの中央駅、グランドセントラル駅の地下にあるオイスターバーが手軽でよい。
海産物ではオーストラリアのカキ、伊勢エビ、カニの類も旅行者に人気がある。カキは一年中食べられる。特にタスマニア産が種類も違い、その独特の苦味がいい。
スペインでの逸品は前菜で食べるウナギの黒子の炒め物。いわゆるウナギの稚魚として取引される白子より大きく、一〇センチメートルほどあり、色はすでに黒い。これを一〇〇匹以上もあろうか、オリーブオイルで炒めたもので、アンギラスという。これはかなりの高級レストランでないとメニューに載っていない。これが成長して蒲焼きになれば何人分か、何となくリッチな気分になれる、一押しの逸品である。(伊藤製パン(株)社長)
日本食糧新聞の第8765号(2000年11月8日付)の紙面
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