業種徹底分析 たい焼き・たこ焼き現状と問題点を探る(1)
古くから親しまれてきた“たい焼き”“たこ焼き”。日本の元祖ファストフードとして安定した需要を確保してきたが、ここにきて大きく様変わりしようとしている。依然として業態の基調は手軽さと日本人嗜好であるが、昨今は他業種飲食店の勢力拡大を受けて従来のスタイルではもはや頭打ちの状況。そんななか、従来とはひと味違った商品開発、店舗開発が積極化している。たい焼き・たこ焼きを主力とする和風FF業界の変遷と現状、そして今後の課題を探った。
地球温暖化が叫ばれる昨今であるが、それでも日本の冬はやはり寒い。東京に大雪が降った夜、帰宅途中の駅前のなかなか来ないタクシーを待つ長い人の行列の中で、寒さと空腹を紛らわすためにふと考えた。この場面でこの人たちが一番喜ぶ食べ物は一体何だろうかと。すぐ答えが出た。尻尾まであんこがたっぷりと入ったホカホカのたい焼きだ。ワンハンドで歩きながらほおばれる焼きたてアツアツの洋風FF商品もたくさんあるが、日本人の心と身体を両方とも温めてくれるような人間味と季節感が足りない。今ここにたい焼きの屋台がやってきて目の前で実演販売を始めたら、その誘惑に負けない人は皆無といってもよいだろう。
屋台といえば筆者が子供のころ、お祭りの屋台で一番人気があったのはたこ焼きだった。それから三〇年以上の歳月が経過し、その間、日本にハンバーガーやポテト、クレープといったたくさんのおしゃれでおいしい洋風FFが上陸し、今やそれらのシェアは和風FFと比べてはるかに巨大になった。にもかかわらず、今でもやはり人気ナンバーワン屋台はたこ焼きだ。これは単にテキ屋の人たちが古い感覚で商品開発が遅れているからだけの理由だろうか。そうではない。どんなに時代が移り変わっても、日本人の心の中で不変なもの―日本の四季と故郷の祭りの情緒―そのシンボルメニューがたい焼きとたこ焼きだからなのである。
日本中で幅広い層の人々に長い間親しまれ続けているたい焼き・たこ焼きだが、それぞれのニューバージョン(現在の和風FFスタイル)でのデビューは意外に新しい。
たい焼きが和風FF化したのが、今のように左右の鉄板を合わせて一度に六匹ずつ焼く方式になった時だとすれば、それは一九七〇年代後半の「およげタイヤキくんブーム」の時である。それまでは私はいかにも職人ですという顔をしたオヤジが一匹ずつカチャカチャと忙しそうに手を動かして作る一丁焼きというスタイルであった。今でも麻布十番の浪花屋や人形町のやなぎ屋などでやっているやり方で、薄皮まんじゅうのようにほとんどがあんこというズッシリと重いたい焼きと見事な手さばきが魅力で常時人が並んでいるが、一匹ずつ焼くために製造能力に限界があり、少し練習すればだれにでもすぐにできるようになるというものでもない。
たい焼きブームの時にはとにかく焼けば焼いただけ、店を出せば出しただけ売れた。だから一匹でも多く作るために、一軒でも多く店を出して売るために製造能力の高いだれにでも簡単に作ることができる機械が開発された。今でもほとんどのたい焼き屋さんが使っている三六匹か四八匹の「鯛」がびっしりと並んでいる機械である。この機械により、町中の和菓子屋さんやパン屋さんが次々にたい焼き屋さんになり、当時飛ぶ鳥を落とす勢いだった量販店の中に、その子会社や関連会社がチェーン店を出店していった。
こうしてたい焼きは、職人のオヤジからパートタイマーのおばさんの焼くものになっていったのであるが、この時点では既に大手洋風FFチェーンが全国展開を進めており、和風FFとしてのたい焼きは、ハンバーガーやフライドチキンより歴史が浅いということになる。
余談だが、たい焼きはだれが見ても「鯛焼」なので全国的に広がり、チェーン化もしやすかった。「今川焼」は、同じ丸い形なのに「おやき」「大判焼」「回転焼」「黄金焼」「太鼓饅頭」「甘太郎」など、地域や人の思い入れによって余りにも呼び方が多すぎるために、生業店やローカルチェーン店が中心になった。
最近は、たい焼きも店によって大きさや形が異なるものを使用したり、中身もあんこ以外にクリームやオリジナルの具を入れたりすることが珍しくなくなったが、それでもたい焼きはたい焼きだ。
中身や皮のバリエーションを定期的に変化させ、常に消費者を飽きさせない工夫を続けている店と、昔ながらのやり方と商品や店舗名に対する信頼でファンをがっちりと離さない店。たい焼きの繁盛店はそのいずれかに属し、バラエティースナックの一つのアイテムとして片手間でやっているような店は、今後ほとんど姿を消すであろう。
たこ焼きはいうまでもなく食の先進国関西で生まれ、つい最近まで実質志向の関西人だけがそのおいしさを独占してきた。東日本の人は長い間、お祭りの屋台のたこ焼きしか知らず、お母さんは子供に「たこ焼きは不潔な食べ物だから食べたらお腹をこわす」と呪縛をかけた。
街中でも主婦にイメージの悪い商品を取り扱う店は少なく、消費者はおいしい本場のたこ焼きを食べる術もなく、お祭り屋台のたこ焼きの味を本物と信じ込んできた。ちょうどこれと逆が西日本における納豆の存在である。西日本の人々は「あんな腐ったもん人間の食べるもんとちゃう」と納豆を食べる人を異人扱いして差別した。
東西であまりにも評価が違った納豆とたこ焼きの全国統一は、一九九〇年以降、ベルリンの壁の崩壊よりも後の出来事なのである。
たこ焼きの関東進出と和風FF化は量販店の店頭や店内のスナックコーナーで焼きそばやフレンチドッグ、アイスクリームなどと一緒に製造販売されるようになった一九七〇年代後半で、たい焼きと同時期である。たこ焼きとたい焼きをテークアウト中心に売る店も多数登場し、量販店内で屈指の人気(客数)と効率(坪売上げ)を誇った。
たい焼きの和風FF化が全国同じ機械と完成品でなされたのと異なり、たこ焼きは関東では釣り鐘式という機械で、出来上がりの味も形も関西風と異なるスタイルでスタートした。釣り鐘式は生産能力が高く製造技術も簡単に習得できるが、生地がかたく粉っぽいため味に少し難点があったが、それまでお祭りのたこ焼きしか食べたことのない関東の消費者にはすんなりと受け入れられた。むしろ関西風の方が、中が生だと勘違いされてクレームが多かったほどだ。
それでも徐々にたこ焼きは関西風の方がおいしいということが認知され、一〇年ほど前から全国的に関西風たこ焼きの専門店チェーンが出始めたのである。そして今から約五年前「渋谷たこ焼き戦争」というタイトルでマスコミがたこ焼きブームを作り出し、その舞台となった渋谷の「京たこ」「元祖京たこ」「京風たこ焼亭」は、洋風FFだけでは物足りなくなった若者を中心に、どの店も三坪で月商一〇〇〇万円を軽く超える空前の売上げを記録した。平成のたこ焼きブームの間に、本場関西風たこ焼きのシェアが低くマーケットが大きい関東地区を中心に、元気のない物販店や、バブル期に無理な条件で出店したテークアウトすし店が、続々たこ焼きチェーンの直営店やFC店に変わっていったのは記憶に新しい。
ブームが去って約三年。出店立地や条件、マーケティング調査や人の教育など、かなりラフな勢いで拡大したチェーンは今、出店政策の見直しや既存店のテコ入れ、不採算店の整理などの段階に入っている。
高度成長期から成熟期に入った和風FFとしてのたい焼き・たこ焼き業界の現状を分析してみよう。
寒い時期、親しい人へのお土産として、洋菓子の半額くらいで買える温かくてボリューム満点のたい焼きをさりげなく持っていく人は粋である。ちょっと小腹が減った時、気軽で安くておいしい焼きたてのたこ焼きを、ハフハフ言いながら仲間とほおばるのも最高だ。
ところが、気温が三〇度Cを超える夏の暑い昼下がりにたい焼きやたこ焼きをお茶請けにというのは、いくら冷房が効いた部屋ででも食べたいと思う人はあまりいないだろう。実際、グラフ(2面)のように、ピークの冬と比べ厳しい夏には売上高が半分以下にダウンする。この傾向は、たこ焼きより甘いたい焼きの方が顕著である。
たい焼き・たこ焼き店に当たり外れが多いのは、オープン時、それほど差のないスタートを切っても一巡すると、いったん売上げが落ち着き、その後うまく持続すればどんどんよくなり、悪くなりだすとどんどん悪くなるという二つの循環パターンのどちらかにはまることにある(別表上参照)。
同じ店でも大きな利益が出る月と赤字になる月があり(別表下参照)、立地条件やオペレーションする人が違えば、同じチェーン店でも損益に大きな差がでる。だからチェーンストアはスクラップ&ビルドを繰り返し、FCでは大儲けする人と借金を抱えてやめていく人のどちらかが高い確率で出現する。
ピークの冬にオープンしてシーズン性と開店景気で連日行列ができていた街中のたい焼き・たこ焼き屋さんが、半年後には閑古鳥が鳴き、翌年にはクローズしたというのも決して珍しい話ではないし、オープン二、三年で、古くからやっている老舗のように名物店として繁盛している店も多くある。たい焼き・たこ焼き店の成功の条件をいろいろな角度から考えてみよう。
商売は立地次第、というのは他の業界でも同様だがそれではたい焼き・たこ焼き屋に最適の条件は何か、ポイントを挙げてみよう。
(1)マーケットが広いこと。嗜好品だけに最寄り商圏型だと、オープン一巡後一気に売上げがダウンするのでいろいろな客層が存在する郊外のターミナル駅前立地がベスト。土・日に人がいない都心ビジネス街や、人口が減少して購買力が低下している下町はNG。
(2)店前の通行量は多いにこしたことはないが、まず車が通らないで買いやすいこと。間口が広いか角地などで視認性が高いこと。実演販売が最大の武器だけに、とにかく目立つ物件がよい。
(3)家賃は売上げ予測の一〇%以内。そのために一〇坪以内のコンパクトな物件がよい。深夜まで売れる一等立地を除き、平均月商五〇〇万円以上の店はほとんどないので、固定家賃はどんなに高くてもすべて込みで四〇万円以内ぐらい。
(4)イニシャルコストダウンのため、できるだけ設備が整っているものがよい。いくら立地がよくても、物販店の後は目に見えない部分に金がかかるし、最悪排水や排気の問題で店ができない場合もある。
(5)個人やFCでやる人は、自宅から近いこと。その街の特徴や人をよく知った地元が一番。
飲食店でおいしいことは絶対である。洋風FF商品と違い、和風FF商品は人それぞれが自分の好みの味を持っているので、これがベストということはない。また、オーダーがあってから製造し、その場で食べてもらう丼やうどん・そばなどのイートイン型和風FFと比べ、テークアウト型和風FF商品のたい焼き・たこ焼きは問題点が多い。
たい焼き・たこ焼きがこれからもっとおいしい魅力ある商品になるための課題を挙げてみよう。
(1)味の均一化(信頼性)。たい焼き・たこ焼きの最大の強さである手づくりの味は、それ故、作る人によって同じチェーン店でも味が全く違うという不信感にもつながった。この業界に年商一〇〇億円以上、店舗数二〇〇店舗以上のメジャーなチェーンストアがないのも、このことが大きな原因になっている。
三年前、イトーヨーカ堂の子会社のヨーク物産は、全店に「自動たこ焼き機」を導入した。刺身でも食べられる最高品質の生タコを使った「どの店でも同じおいしさ」と、振動しながら回るたこ焼きのパフォーマンスで、前年比一五〇%以上を達成した。一巡しても前年比をクリアしたことは、味に対する信頼感がいかに重要であるかを証明した。
和風FFの歴史上画期的な出来事といえる。
今後ますます機械化が進むと予測され、消費者はいろいろな場所で安心とおいしさを手に入れられるようになるが、その究極の姿は何か。そして究極の満足とは。これについては、最後に触れさせていただきたい。
いずれにしても、人によって、店によって、当たり外れがある店やチェーンは伸び悩み、ついには消滅してゆくだろう。
(2)焼きたてのおいしさの持続。焼きたてが何よりおいしいたい焼き・たこ焼きだが、それはほんの一瞬だ。鉄板の上にそのままおいておけば五分くらいで固くなるし、離せば冷める。オーダーを受けて作るのでは一〇分くらいかかり、FFではない。それに、せっかく焼きたてが提供できてもテークアウト中心の商品だけに持ち帰って食べる時には蒸れていたり、冷めていたり、変形していたりで、焼きたてのものとはおおよそ違うものになってしまう。
前出の「ポッポ」は、テークアウトの時、たこ焼きの上に鰹節を大量にかけ、通気口のある発泡スチロールの容器に入れて提供している。発泡スチロールの保温効果が高く、蒸れた水分も鰹節が吸収してはいるが、ソースが水っぽくなり、焼きたてを一〇〇点とすると一時間後は五〇点以下だ。しかも、電子レンジでリヒートしてもあまりおいしさが戻らない。
(4~5面につづく)
谷口正俊(たにぐち・まさとし)=一九五六年、神戸市出身。立命館大学経済学部卒業後、セゾングループの外食部門の会社(株)チェポ(現・コモコフード)に入社。店長、SV、営業所長を経て三〇歳で取締役就任。以後一〇年間主として営業畑を歩む。四〇歳を契機に独立し、(株)かいエンタープライズを設立。現在、レストランとFF店を経営し、飲食店のコンサルタントとして活躍。理論より実践、システムより心がモットー。