注目の外食ベンチャー 立ち食いそば「やしま」 ハイレベル看板だが低価格
東京は江戸川区、西葛西駅のガード下にある「やしま」は、ハイレベルな味が人気の立ち食いそば店。改札口から離れた悪立地にもかかわらず、打ちたて、ゆでたてのそばをセールスポイントに、七・五坪の店舗で一日一〇〇〇食をさばく。平均月商は一〇〇〇万円。季節、時間帯に左右されず客足の絶えない超繁盛店である。
オープンしたのは五年前。脱サラで一般そば店を経営していた鷲尾圭吾さんが、立ち食いそば店の未来形を目指してくら替えしたものだ。
「市川市内で普通のそば店を手掛けていたのですが、なにせ売上げのほとんどが出前で、配達と回収のコストが高すぎた。お客が来てくれれば問題ないのだから、いっそのこと品質そのままで価格を引き下げ、立ち食いに転じたらどうかと思いまして」
「その時、業務用問屋さんから小田急新宿駅の『箱根そば』を紹介され、行ってみると、普通のそば店と遜色ない、打ちたて、ゆでたてのおいしいそばを提供し大繁盛している。立ち食いそばを軽視していただけに非常にショックを受けましたね。今後、間違いなく箱根そばのようなハイレベルな立ち食いそば店が、そば業界の主流になるだろうと直感し、すぐに店をたたみ現在のやしまをオープンしたのです」
再出発となった現在の立ち食い店では従来のスタイルを一新。職人のプライドはさておき、高性能なゆで麺機やフライヤーを駆使して、パート主力のマニュアル展開を徹底している。
毎朝5時に鷲尾さんが店に入り、当日届く生麺と天候の状態を見て、その日のゆで加減を決定。それに従って日中はパート主体で営業する。また、自動券売機の採用により会計、オーダー、POS管理を簡略化。余力を、あいさつをはじめとする接客サービスに反映させている。
「低価格でおいしいからといって、一般的立ち食いそば店のような開き直ったサービスでは駄目。お客が従業員の給料を払っているのだと指導しています」
品質、味については前の店のまま。多少荒挽きにした香り高い更科系そばを売り物に、甘めのつゆと合わせている。ただし一日に一〇〇〇食もさばくため、麺とつゆは仕様書発注によるもの。
ハイレベルなそばを提供するこの店の実力は、夏場に顕著に表れる。一般的な立ち食いそば店は、夏場に売上げが激減するが、ここの客足に変わりはない。
「夏場に人気の冷やしそばは、味の良しあしの差がはっきりと表れる。だから、ゆで麺を使っている一般の立ち食いそば店は、冷やしそばのアイテム化を避ける。うちは味に絶対の自信があるから、夏場は三六アイテムのうち半分を冷やしそばに衣替えします。牛おろしそばとなめこおろしそばは、夏場ダントツの売れ筋アイテムです(別掲売れ筋アイテム参照)」と胸を張る。
五年目を迎え、今後の目標は海外出店という。
「国内で多店舗化して大繁盛しても、薄利多売で多忙になるだけ。そして税金も多く取られる。自分の夢を大きく持ちたいから海外に目を向けています。海外都市在住の日本人は年々増えているし、そば粉など食材の調達も問題ない。オーストラリアなど、いくつかの都市を物色中です」
また、そば業界についてはこう指摘する。
「そば業界は時代から遅れている。効率化できるところは山ほどある。素人、小スペース、低価格の展開でも、工夫次第で従来のそば店と同じかそれ以上の味を作り出せる、そして繁盛するはず。そば店の先行きが危ぶまれているが、そばのニーズに衰えはありません。時代に合わせた提供スタイルの特化がポイントですね」
「私の場合は脱サラで始めたので、業界の慣習にとらわれずに自由な発想でここまでこれた。当然、周囲の関係者のご協力があってのことですが。古い慣習にとらわれず、周囲の情報、助言を素直に取り入れる。そんな若手の方に、時代に合った新しい発想で業界を盛り上げてもらいたいですね」
この店の繁盛を聞きつけての問い合わせは数多い。多すぎるため「立ち食いそば店開業セミナー」まで開くほどだ。セミナー後に同店で研修し、のれん分けした店舗は七店舗もある。
そば業界では、従来の主流であった生業単独店が年々減っている。高級店、そば居酒屋、宴会向け大規模店、そしてFFスタイルの立ち食いそば店。業態特化が急増し、そばの提供シーンと客層ターゲットのすみ分けが色濃くなっている。そして客単価の二極分化はだれの目から見ても明らかだ。やしまの試みは、立ち食いそば店の未来像を探る上で必見の参考事例といえるだろう。
売れ筋メニュー 冬・夏ベスト3
●冬場=一位・かき揚げそば(三四〇円)構成比約四〇%、二位・イカ天そば(四二〇円)構成比約二〇%、三位・礒とろろそば(三七〇円)構成比約五%、同・牛すきそば(四二〇円)構成比約五%、同・あなご天そば(四六〇円)構成比約五%
●夏場=一位・なめこおろしそば(三九〇円)構成比約三〇%、同・牛おろしそば(四二〇円)構成比約三〇%、三位・冷やしキムチそば(四〇〇円)構成比約一〇%、同・小エビつけそば(四〇〇円)構成比約一〇%、同・冷やし礒とろろそば(三七〇円)構成比約一〇%
企業メモ
◆(有)円や/事務所所在地=東京都江戸川区西葛西五-六-二一、電話03・5674・3510/ストアブランド=「やしま」/店舗所在地=東京都江戸川区西葛西六-一四、メトロセンター内、電話03・3675・1461/開業=平成5年1月/初期投資=二〇〇〇万円/立地と坪数席数=ビルイン、七・五坪、立ち食い(厨房と立ち席で半々)/営業時間=午前7時~午後9時、無休/客単価=三五〇円/一日来店客数=一〇〇〇人前後(夏場一割減)/年商=約一億円/月商=九〇〇~一〇〇〇万円/客層=多種多様(男女比は六対四)/原価率=四〇%前後(一般的立ち食いそば店は二五%)/従業員数=社員一人、パート一二人(常時四~五人)
プロフィル
鷲尾圭吾代表取締役/昭和33年、東京都出身、四〇歳。中学、高校時代は生徒会長だったという行動派。大学卒業後、大手食品メーカーに就職するも、サラリーマン稼業が肌に合わず五年で退社。持ち前の積極志向により、そば店経営者として独立する。以後、そば店のノウハウを独学し、五年前、ハイレベルな味の立ち食いそば店を目指して「やしま」をオープンする。